「プログレスレポート第2号」発行記念セミナー デジタル通貨の最前線
山岡浩巳(以下、山岡):今回、このような催しができることを大変ありがたく思います。世界においても、デジタル通貨インフラをめぐる議論はますます進化してきていると感じます。
これにつきまして思い起こされるのは、2016年の11月に、私が日本銀行決済機構局長だった時に東京大学の金融教育研究センターと合同で行った、当時としては非常に先進的なカンファレンス「フィンテックと貨幣の将来像」です。
その際、当時の金融教育研究センター長であった植田和男先生が、デジタル時代においては投資信託の受益証券をそのまま決済に使うことも可能になるのではないか、また、国内で自国通貨を使うコストと外貨を使うコストとの差が縮小し、一国のなかで自国通貨と外貨が競争していく時代も来るのではないかといった大変興味深いご示唆をいただいたことを覚えております。
決済手段には価値の安定が不可欠
山岡:その後も議論は進化しております。まず昨年からの傾向としては、通貨インフラにおける決済手段の価値はやはり安定している必要があるという認識が広がったことです。デジタル通貨インフラとしてはこれまで暗号資産がありましたが、昨年の暗号資産や裏付け資産が十分ではないステーブルコインの価格下落、それに対する各国の規制強化に象徴されているように、決済には価値の変動が激しいものは使えないということが一段と明らかになりました。
例えばエルサルバドルはビットコインを法定通貨にする決定をしましたが、国際的な評価は必ずしも芳しくなく、国際通貨基金(IMF)は明示的に止めてくださいと勧告しています。
米連邦準備制度理事会(FRB)の方々も講演などで、暗号資産はやはり投機的な資産であると言っています。私もさまざまな投資資産があること自体は全く否定するものではなく、バラエティーが広いことは結構なことであると思いますが、同時にプルーデンス*1 の観点からの規制は必要と考えます。価値の安定していないものは、通常の支払決済手段とは一線を画してきちんと規制監督の網をかけていこうということが、世界の趨勢になってきていると思います。
新しいデジタル決済技術が求められる背景と課題
山岡:もう一つの特徴として、「オープンでかつ新しいデジタル技術に対応した決済インフラ」が必要だという理解も広がりつつあることです。これは昨年中、地球温暖化対応がさらに大きな課題となり、カーボンプライシング*2、カーボントレーディング*3 などがますます重要になりつつあり、追跡技術や透明性が社会的に求められていることからも裏付けられています。
また昨年メタバース*4 やWeb3*5 が広がり、新しいデジタルアセットを分散型構造のなかで取引するためのデジタル技術に対応できる支払決済手段の必要性が高まりました。その一方で、データ活用とプライバシー保護の両立が引き続き大きな課題となっています。
デジタル通貨先発国の動向
山岡:これまで多くの国々がデジタル通貨に関してさまざまな試みをしており、日本が学ぶべき点もたくさんあったと思います。その一つである中国の公表資料によると、デジタル人民元はすでに中国国内23都市で実証実験が行われています。
ここまでで分かったことは、中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、民間の便利な支払い決済手段を凌駕して発展していくことは難しいということです。例えば中国では、テンセントやアリババグループが提供するWeChat PayやAlipayの代わりにデジタル人民元が使われるということはあまり起きていないようです。
また、一昨年には中米バハマの「サンドダラー」など、カリブ海諸国がCBDCを先駆的に発行しました。けれども、その流通度合いを見るとそこまで大きく普及しているわけではないという評価が多数です。
すなわち、中央銀行自らが債務となるデジタル通貨が民間の領域を侵食することは妥当ではないうえ、現実問題としてもそれは難しいという見方が徐々に広がってきていると思います。こうした各国の状況は、主要国における検討にも有益な情報となっています。
欧州の動向
山岡:先発国の動きなどを踏まえ、欧米諸国も、欧米諸国もCBDCがもし発行されるとすれば、民間との協力・協調が重要だということをますます強調するようになっています。
主要な動きの一つとして、イギリスの財務省とイングランド銀行が共同タスクグループを立ち上げ、デジタルポンドに関するコンサルテーションペーパーを今年の2月に公表したことがあります。
この中で特質的なことは、冒頭にある「パブリック・プライベート・パートナーシップ」、つまり、デジタル通貨インフラは公共と民間の協調によって作っていくべきで、この協力体制をどう維持していくかが重要だと述べている点です。
加えて、先ほど申し上げたようなオープンでイノベーティブなデジタル決済システムの必要性や、データの活用と保護の両立といったことが各所に散りばめられており、先発国の経験から得られた知見が盛り込まれた内容となっています。
ドイツの銀行業界でもCBDCが発行される可能性を念頭に置きつつも、「トークン化された民間銀行預金」と呼んでいますが、民間銀行の預金にブロックチェーンや分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology:DLT)を組み込む動きが出てきています。これもまた、デジタル決済技術との組み合わせで新たなエコシステムを構築し、効率的な仕組みを作ろうとしているわけです。
アメリカの動向
山岡:現在、セキュリティトークンやNFT*6 などさまざまなデジタル化したアセットが登場しており、「ホールセール・デジタルアセット(大口デジタル資産)」の効率的で安全な決済に対する問題意識も高まっています。
このような流れを受け、アメリカでもドル建てのデジタル通貨「デジタル・ソブリン・カレンシー」と呼ばれる、ブロックチェーンやDLTに対応しながらドル建ての価値も安定させられるデジタル通貨について検証を重ねているところです。
その一つに、ニューヨーク連邦準備制度銀行が主導しているものがあります。ここでも中央銀行だけではなく、民間のRLN(Regulated Liability Network)、すなわち民間銀行の債務である預金をブロックチェーンやDLTに対応可能としたものを用いて、民間と協力しながら効率的に取引を行っていくための検討を行っています。
また民間ベースでは、米銀行大手JPモルガン・チェースグループの「オニキス(Onyx)」がもっとも知られています。こちらも民間銀行の債務をブロックチェーンにも対応できるようにすることで、サービスの付加価値を高める狙いがあります。
このように世界的にさまざまな取り組みがありますが、共通しているのは、デジタルアセットを決済するうえで、ブロックチェーンやDLTを使うことで効率化、自動化などのメリットが得られるだろうということです。新しいデジタルアセットをこのようなプラットフォームに載せて効率的にデジタル通貨で決済をしていく姿が追求されています。
このように、現在世界的に、デジタル通貨が世の中に貢献するにはどうすればよいのか、どういうかたちが望ましいのかに関する議論がますます深まってきています。
デジタル通貨の動向のまとめ
山岡:ディーカレットDCPが発行を目指すデジタル通貨「DCJPY(仮称)」は二層型構造を採っています。各国のCBDCの検討でも、民間銀行などとの階層構造を採るとの考え方を打ち出しており、日本も他国と同様に、中央銀行が全部をやるのではなく、重要な部分は相当程度を民間の創意工夫やイノベーションに委ねるという考え方が主流です。この流れのなか、どのような組み合わせが未来の通貨インフラにとって望ましいのかを真剣に考えていくフェーズに入っています。
本セミナーのポイントをまとめますと次のようになります。
山岡:デジタル通貨フォーラムとしても、これまで申し述べたような海外の動きに十分な注意を払いつつ、検討を進めてまいります。また、こういった海外の状況につきましては、メンバーの方々、さらにはレポートの発表等を通じて世の中一般の方々とも共有しながら、日本の決済インフラのイノベーションに貢献してまいりたいと考えています。
(注)本記事は、セミナーの一部を再編集したものになります。