ChatGPTがWeb3と接続することで広がる可能性
前回の記事では、Web3の画期的なユースケースを中心に、人々の生活にWeb3が根付いていく過程について株式会社野村総合研究所の城田真琴さんに語っていただきました。
城田さんは先端技術がご専門なので、Web3やブロックチェーンだけではなくAIについても黎明期から研究されているとのこと。そこで今回は、今話題のAIチャットサービス「ChatGPT」のポテンシャルや、Web3と接続する可能性と起こり得る変化について詳しく伺っていきます。
ChatGPTとWeb3がかけ合わさることで、デジタル通貨の普及がますます進んでいくかも!?
これまでのAIの変遷
ハナエ:城田さんは、今話題のChatGPTなどのAI(人工知能)に関しても研究されていると伺いました。そもそも、AIはいつ頃から世の中に普及したのでしょうか?
城田真琴(以下、城田):AI自体はここ2、3年で出てきたものではなく、かなり前から存在しているんですよ。1956年に、アメリカの計算機学者ジョン・マッカーシー氏が、AIを「人間の脳に近い機能を持った機械」と定義したのがはじまりです。
城田:最初のAIブームは、1960年代に起こりました。AIがパズルなどの簡単なゲームを解くことができると、アメリカやイギリスで話題になったのです。しかし、パズルの解き方が分かっても、それを現実社会に実装して課題解決のアプローチに使うのは難しく、ブームは下火になります。
そして1980年代に、第二次AIブームがやってきます。このブームの引き金になったのが「エキスパートシステム」と呼ばれるシステムです。
ハナエ:エキスパートシステムとは何ですか?
城田:特定の問題に対して専門的な知識を教え込み、解決に導けるようプログラムされたシステムです。エキスパートシステムを使うことで、専門知識のない人間でも専門家と同じような推論を経て、問題解決にアプローチできるようになりました。その能力に着目した企業が、こぞってエキスパートシステムを導入し始めました。
しかし、次第にエキスパートシステムにも性能の限界があることが明らかになります。利用するうえでの一番の課題は、システム自体に必要な情報を精査しながら学習する能力がなく、結局人間が手動で膨大な知識を組み込む必要があったことです。限界が見えたあたりから、またブームは終息し、何十年もの時が流れました。
時田一広(以下、時田):そこで、まさしく今が第三次ブームにつながっていると。
城田:はい。第三次ブームでの革新的な技術のひとつに、「ディープラーニング」が挙げられます。ディープラーニングとは、人の手を介さずともシステムが大量のデータを学習し、それをもとに問題解決ができる技術です。
ディープラーニングは、人間や物体、文字などを判別する認識技術に使われるようになりました。これは「認識AI」と呼ばれています。これまでのAIは、例えば目の前にみかんとりんごが並べられても、どちらがみかんでどちらがりんごかを見分けることができませんでしたが、認識AIによって判別できるようになりました。また、認識AIは画像だけではなく文字や音声も判別できます。
ハナエ:認識AIは、実用化されているのでしょうか?
城田:例えば、会議の音声をAIが聞き取って文字に起こしてくれるサービスや、医者が記したカルテの手書き文字を読み取り、文字データにするようなサービスには、認識AIが使われていますね。わりと広く普及していますよ。
生成AI「ChatGPT」のポテンシャル
城田:ちなみに、今話題を呼んでいるChatGPTは「認識AI」ではなく「生成AI」と呼ばれています。
ハナエ:生成AIは何が違うのですか?
城田:生成AIとは、テキストで指示するだけで画像やテキストを“生み出す”ことができるAIです。ChatGPTのほかに、テキストを入力するとその文章に適したイラストや画像を生成してくれるサービス「Midjourney」も、生成AIのひとつです。
その他に、アプリのUIやウェブサイトまでを自動生成できるような、画期的な生成AIサービスも出てきているんですよ。
時田:つい最近、Microsoftが「Word」「Excel」「PowerPoint」などのOfficeツールにChatGPTを搭載して、仕事効率化をはかるツール「Microsoft 365 Copilot(コパイロット)」のリリース予定を発表しましたよね。
これまでは、何かの資料を作る際、あらゆる情報を自分で整理しつつまとめる必要がありました。コパイロットを使えばアウトプットの形式を伝えて、複数の情報をインプットすれば自動的に資料を作成してくれるようですね。
城田:Wordに起こした議事録の文章から、「PowerPointのスライドを作って」と指示すれば、ざっとたたき台を作ってくれます。もちろんファクトやレイアウトのチェックは必要でしょうけど、生産性が劇的に上がりますよね。
ハナエ:まるで自分専属のアシスタントみたいですね。
城田:また、ChatGPTの翻訳機能も大変優れています。例えば海外の人にメールを返信したいけれど、英語が書けない‥。そんな時、ChatGPTに「こんな趣旨のメールを書きたい」と指示すれば、あっという間に英語で返信の文面を作ってくれます。こちらが日本語の文章を考えなくても、意図を汲み取り翻訳してくれるのは助かりますね。
さらに、その文章を「プラグイン」と呼ばれるChatGPTの機能を拡張するツールでGmailと連携したら、送信まで自動で実行してくれます。
時田:翻訳の精度もものすごく向上していますよね。ひと昔前の翻訳機能は、こちらでかなりの手直しをする必要がありましたが、ChatGPTの翻訳ならこのまま出して良いくらいのクオリティです。
ChatGPTにより、人間ができないことが増えていく?
時田:これからの子どもたちは、ChatGPTと共存して成長していくじゃないですか。そういった子どもたちの発想は私たちの予想をはるかに超えるでしょうから、斬新的な技術やサービスが生み出されると期待します。シンギュラリティ(技術的特異点:AIが人類の知性を超える時点を表す用語)がやってくるのも、そう遠い話ではないかも。
城田:ただ、最初からChatGPTが存在する世界線が、人間の脳にとって、成長にとってベストなのかはたびたび議論になっています。指示すれば割と何でもやってくれるがために、自分の頭で考えなくなってしまいますから。実際に、小中学生が読書感想文の宿題をChatGPTに書かせて提出するような問題も起こっています。
時田:今後は、人間が身に着けるべき能力と、AIに頼れば特に必要ない能力がはっきりと分かれていって、AIに頼る能力は衰退していくかもしれません。
事実、パソコンの普及によって、私たちは漢字が書けなくなっていますよね。30年前であれば「漢字くらい書けないとダメだろう」という認識でしたが、今は書けなくてもさほど不自由しません。そのうち、漢字なんて書けなくて当たり前、なんて世界になるかもしれませんね。
城田:人間ができなくなることが増えていくたびに、それは問題ないのか否かを、都度考えていく必要がありそうですね。
AIが代替できる業務と人間がなすべき役割
時田:AIにより人間ができなくなることが増えてしまう問題はありますが、裏を返せば、AIは人間の可能性を広げられる領域もたくさんあります。
例えば、英語が話せないから外国とのミーティングに出席しづらかったけれど、ChatGPTの翻訳機能を味方につけて出られるようになったとか、海外企業で働くことに言語の障壁が低くなるような期待があります。
城田:おっしゃる通り、できないことのサポートとしてうまく使えば、仕事の生産性向上につながるのは間違いないです。
ただ一方で、「人間はAIに仕事を奪われるのではないか」といった話題もChatGPTが出て再燃していますよね。特に論理的に物事を整理する能力が求められるホワイトカラーの人たちの仕事が中心です。
時田:ホワイトカラーの生産性向上に貢献する反面、雇用に大きな影響が出そうですね。
ハナエ:AIが代替できる仕事には、何が挙げられますか?
城田:個人的な意見ですが、まず翻訳や通訳の仕事、会計監査人のような知識と論理的思考をもとに動くような仕事は、いずれはAIに置き換えることができそうです。
もっと極端な話をすると、ホワイトカラーの仕事の多くは何らかのかたちでAIの影響を受けると思っています。作業そのものはAIに任せたうえで、人間の役回りは「AIの作業を見ての判断、決裁」に移っていくのではないかと予測します。
ハナエ:手を動かす作業はAIに置き換えられるけど、最終的な判断までAIに任せるのは難しいということですね。
城田:例えば、医者がAIの診断をもとに人間を手術して、失敗してしまったと仮定します。それで相手方に訴えられた時、AIに責任の所在を問うのは難しい。結局は人間が責任を取ることになるはずです。責任の所在を明確にするためにも、判断業務は人間が担うことになると思っています。
時田:判断で思い出したのですが、ChatGPTで調べものをすると、事実と異なる回答をされることはないですか?過渡期で精度の問題もあるのでしょうが、AIが出した答えが正しいのかをこちらで判断する必要はありますよね。
城田:そうですね。ハルシネーション(事実と異なる内容がもっともらしく出力されること)は、ChatGPTで問題視されていることの一つです。現時点の精度では、ChatGPTの回答した情報を人間側できちんと精査し、正しいか否かを見極めるのが大事ですね。
海外でつい最近起こった事例を話すと、とある弁護士が、ChatGPTを使って担当事件に関連する過去の判例を探し、裁判所に提出しました。しかし、ChatGPTが回答した判例を相手側の弁護士が調べたら「こんな判例は存在しない」と指摘されてしまい、大恥をかいたそうです。
時田:場面によってAIの利用には慎重にならないと、人間の尊厳が損なわれかねないですね。「AIは平気で嘘をつく」といった認識を、頭の片隅に入れながら利用するくらいがちょうど良いかもしれません。
ブロックチェーンが見抜くAIのハルシネーション
時田:今後ChatGPTのような生成AIは、Web3とどう結び付いていくと予測しますか?
城田:まず分かりやすい例として、「真正性を証明する」ためにWeb3が役立つと考えます。
例えば、画像生成AIによって、有名アーティストの作風を真似したようなものはいくらでも作れてしまいますよね。そこで、元の絵にブロックチェーンを紐付けてNFT化すれば、真正性を担保できます。
時田:なるほど。AIで偽物が増えるのは脅威だけれど、ブロックチェーンがあれば本物がどれかを証明できますね。
城田:これからは、ディープフェイク(動画や画像の一部分を入れ替える技術)を使った精度の高いフェイク動画なども、どんどん出回ると思います。それこそ、時田さんが勝手なことをしゃべっているフェイク動画が拡散されてしまう可能性もゼロではありません。
ハナエ:そういえば、アメリカのトランプ前大統領のフェイク画像も、SNSで拡散されて話題になっていましたよね。
「Web3×AI」により、デジタル通貨の普及も加速?
城田:あとは、Web3の各種サービスをChatGPTと連携して、操作や取引をスムーズにするような使い方もできるかと。
例えば、先ほど話にでてきた「プラグイン」を利用して、ChatGPTをウォレットや暗号資産取引所につなげます。そして、暗号資産を買うまでの一連の流れを全てChatGPTで指示できる仕組みにして、取引まで完結できたら便利ですよね。
今はWeb3の世界って、ユーザーにある程度の知識がないと難しい。ですがそのハードルを、ChatGPTを使えば下げられると思っています。
時田:ChatGPTが、ガイドのような役割を果たすということですね。「どんなアプリがあるのか」「アカウントの新設やインストールはどうしたらいいのか」「ウォレットはどうやって開設するのか」など、初心者にも分かりやすい解説を付けて運用したら、誰でも簡単に利用できそうですね。
ChatGPTの発展により、今後はあらゆる取引をデジタルで完結させる動きが、ますます顕著になりそうですね。デジタル通貨を使うような取引も、いずれ普遍的になってくると思いますか?
城田:効率を考えたら絶対その方が良いですよね。海外送金も間違いなくデジタル通貨を使う方が楽ですし。従来のように、請求書をもとに銀行で振り込むといった面倒な手続きはなくなるはずです。そういった仕組みを実現すべく、金融業界専門のAI企業のような、領域特化のAIサービスを手がける会社も増えていくと予測します。
時田:AIの発達によって、企業の経営がよりサステナブルになれば良いですよね。今までのあらゆるビジネスって、人海戦術に頼らざるを得ない場面も多かったと思います。今後はAIで置き換えられる業務が増えるので、企業が打ち出すビジネスモデルが根本から変わってきそうです。
城田:少し前の認識だと、AIやロボットは工場のラインや飲食店での配膳などの業務を代替するのが一般的でした。ChatGPTの台頭によって、ホワイトカラーの業務そのものを置き換えられるようになったのは、インパクトが大きいですよね。
また、日本の人口は右肩下がりで減少し続けているため、今はどの企業も人を採用するのに苦労しているはず。AIは日本の人口減少の実態とも相性が良いです。今後は企業がいかにAIを使いこなせるかが、ビジネスチャンスを広げるカギになってきそうですね。
- 編集後記 -
今回もお読みいただき有難うございます!
城田さんのお話はどれも興味深く、Web3の解説記事から読んでいただくとWeb3に関してより理解が深まるのではと思います。
城田さんが上梓された『決定版Web3』でも複雑なWeb3の仕組みをわかりやすく解き明かしてくれていたのですが、実際にお話しをお伺いしたら、さらにいろいろとイメージがしやすくなりました。
先日、Web3の派生サービスの一つであるNFTのイベントに参加した際に、イベント特典としてキャラクターカードをNFTでもらえるということで、初めてNFTをゲットする体験をしました。実際、簡単に入手できて全然難しくなかったです。
でも、NFTも今の暮らしのなかでは使えるシーンが限られていますが、これからはもっと私たちの身近な世界でWeb3が広まっていくと思うので、どんな新しい体験ができるのか楽しみですね。