デジタル通貨がナッジさせるP2Pの社会貢献と結び付き
日本で、なかなかデジタル化が浸透しないのはなぜか。前回は、アクセンチュア株式会社の武藤惣一郎さんにその理由と打開策を伺いました。
「デジタルはあくまでも『黒子』で主役はそれを使用する『人』である」と言う武藤さんと、デジタル通貨がつくる“人やコミュニティのちょっと良い未来”について今回は展望していきます。
貢献を可視化し、地方の活性化を促すには?
ハナエ:前回、ノマドワーカーのお話がありましたが、コロナ禍でリモートワークが一般化し、地方移住する人も増えましたね。
武藤惣一郎(以下、武藤):高度経済成長で都心部に人が集中しましたが、地方に住む選択肢ができたことで地域の魅力に共感した人々の移住が増え、それぞれの地域の価値が上がっていくような社会になるといいですね。
時田一広(以下、時田):対して、そういった日本の美しい原風景は経済的な利益が低いため、山を切り拓き、大型のソーラーパネルを建設して経済的利益を受けるケースも増えているそうです。
武藤:まさに美しい景観のような共感すべき価値に経済の仕組みがついていっていない例ですよね。そういった行為に対して現状は行政的にも止める術がないため、気づけばパッチワークみたいな山ばかりになってしまうのではないかと心配しています。
時田:そうですね。例えば、景観を守っている人にはトークンで環境価値のようなクレジットを発行して経済的にも利益があるような仕組みがあっても良いと思います。
武藤:今の流れを変えるにはそのような対策を講じなければなりません。
ハナエ:でも日本の限界集落では税収が落ち込み、ますます美しい景観が失われるような傾向が強まる懸念がありますよね?
時田:既に限界集落のなかには公共交通機関やスーパーなどの施設の撤退を経て、自治体サービス自体が撤退せざるを得なくなっているところも出てきています。
そうなると、交通手段やゴミ処理はもちろんのこと、水道や電気といった生活インフラも全て自分たちで賄わなければならない。困ったことは何でも行政に言えば解決してくれる時代は終わりつつあります。
武藤:近代化する前は税金制度がなかったので、地域の人たちが自らお金を出して川の整備などをしていました。経済成長を踏んだ現在は公助が充実していますが、今後の日本では公助が減り、「自助努力」ということがますます求められると思います。
一方で、地域でお互いを助け合う「共助」はさらに広がっていくべきでしょう。手を差し伸べてくれるような人たちがいるコミュニティが常にあることは大事です。デジタル通貨を通じて同じ想いを持った人たちが集まるようなコミュニティが広がることが期待されていると思います。
時田:地域コミュニティの運営をDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)で構築し、町内の道路整備や水道補修をコミュニティの住民が投票して意思決定するようなケースも出てきています。デジタルの住民も存在して、域外からの協力も得られます。この協力した参加者に活動や貢献の記録をトークンで証明書を残せれば、貢献度も示せます。
武藤:貢献した行動と同時にトークンで証明書が自動的に付与されるのであれば仲介者も不要になるので、P2P(Peer to Peer)の貢献事業がもっと出てくると、まちも社会もさらに活性化していくと思います。
デジタル通貨で「寄付の民主化」を後押しする
ハナエ:最近は経済成長を主軸にしたばかりに、置き去りにされていた社会課題があぶり出されているように感じます。この折り合いをどうつけていけばいいのでしょうか。
武藤:経済合理性を完全に捨てるのは難しいので、経済合理性が社会的価値に結び付くにはどのような介入が必要なのかを考える必要があります。合理的ではないものに価値があるのなら、経済合理性が成り立つような価値として認めてあげたり、「貢献したい」という想いを心理的価値に転換してあげることが重要だと思います。
貢献を示す方法として、第1回目でもお伝えした「寄付」があり、日本で「寄付」という行為をもう少し民主化できないか模索しています。ちょっとした仕組みでできるはずなんです。
例えば、神社の改修にはけっこうなお金が集まりますが、その後に「平成何年に誰が寄付した」といった情報が敷地内の提灯や玉垣などに残ることがポイントで、あれもある意味のトレーサビリティですよね。
ハナエ:確かに、自分が貢献していることがわかってもらえますし、企業にとっては会社名を知ってもらうことにもつながりますね。
時田:デジタルで貢献度を証明することで、社会貢献活動が一種のステータスになればいいですよね。例えば、社会貢献活動がデジタル上に記録されていて、蓄積した人のウォレットに多くのトークンが保有されることで尊敬されるようになるとか。
武藤:尊敬の念を可視化するようなイメージですよね。そうやって社会貢献を見える化する仕組みをつくれば、日本にも寄付の文化がさらに醸成されていくと思います。
行政のデジタル化が、日本のDXのカギ
武藤:行政のデジタル化についてはどう見ていますか?
時田:行政のデジタル化が、日本のDXの大きなカギを握ると思っています。現在マイナンバーは保険証との統合で世間が騒いでいますが、マイナンバーを活用すれば保険証・免許証の発行や書き換えが効率化します。
さらにデジタル通貨を使えば、税金や保険料の支払いといった多くの手続きを自動的にかつリアルタイムにプログラムで実行できます。またそれらの記録はトレーサビリティとして共有されます。
ハナエ:行政は社会システムの基盤なので、一度導入したら一気に広がりそうですね。
時田:そうですね。例えば年金の支払いをデジタル通貨でやるようになれば、60歳以上の人、つまり人口の3割の方の社会インフラがデジタル化するため、日本のDXを大きく底上げするのではないかと考えています。
武藤:利用者である住民の方にとってのメリットを付与することを忘れてはいけませんね。
時田:年金の支払いに付随するサービスも自動連携させることで、高齢者のサポートができるツールになれると思います。例えば、補助金やサービスが自動的にクーポンで出てくるような仕組みをつくったり、バスに乗るときに紙で見せている敬老乗車証の代わりに電子クーポンを配布して乗車できるようにするなどもいいかもしれません。
そのためには、デジタル化が難しいと思われているような層でも、難なく使えるくらいの利便性が必要です。誰でも簡単に使えるようなプロダクトデザインを模索しているところです。
デジタル通貨がつくる人とコミュニティの新たなエコシステム
武藤:身体を動かすことが健康に良いとされていますが、意外にも一人で運動している人は、特に定期的に運動はしていないがコミュニティ等の活動に積極的に参加している人よりも不健康な傾向があるというデータがあります。
いくら運動していても、「孤立」が健康を害してしまう。逆に運動をそこまでしていなくても、老人会などのコミュニティに顔を出している人の方が元気だったりするそうです。コミュニティの活動で結果的に適度な運動をしているという面もあるでしょうし、人との交流はとても重要だと思っています。
時田:コミュニティへの参加を促進するために、ちょっとした手伝いでもクレジットが出るようなインセンティブを設計するといいかもしれません。例えば、公共交通機関がないような地域で、年金暮らしで時間に余裕がある人が、近所の子どもたちを送迎しているようなケースです。
ハナエ:心身ともに健康になりながら、共助をデジタル化してまちの活性化にもつなげるわけですね。
武藤:都市経営をちょっとした工夫で人の流れを変えられるという意味では、デジタル通貨は人の結び付きやコミュニティも踏まえたエコシステムを形成するインフラになれると思います。
そのためには、デジタル通貨をそれ単体で語るのではなく、このまちをどうしていきたいのかというまちのビジョンや設計に内包させて一緒に考える。みんなが主役の世界観をデジタル通貨が支えているというのが理想的だと思います。
ハナエ:武藤さんとのお話を通じて、人やまちの営みにデジタル通貨が寄り添っていけるようなサービスをつくりたいと感じました。本日はありがとうございました。
-編集後記-
今では当たり前のように「DX」と言われている社会ではありますが、本当の意味でのDXとは何なのか?今回のお話ではそれを考えさせられるような内容だったと思います。
私たちが普段買い物をする時に使っている「お金」に機能(ルール)といった “色”をデジタルで付けることがDXのきっかけとなり、アナログ社会を一気にアップデートして、さまざまな社会問題の解決に向けた真のDXを実現できる社会が描けていくのだと改めて思いました。