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【デジタル通貨を哲学する Vol.3】デジタル取引は現代の物々交換。見えるからこそ考えるということ

朱喜哲(チュ・ヒチョル)さんをお招きし、哲学の観点からデジタル通貨を紐解く本シリーズ。第3回目のテーマは「デジタルな物々交換」です。

朱さんは、デジタル通貨による取引は原始的な物々交換に近いものだと考えています。そこにはどういった背景があるのでしょうか?

前回までの記事 ▷
【デジタル通貨を哲学する Vol.1】思想史から見るお金と信用。そしてELSI
【デジタル通貨を哲学する Vol2】テクノロジーと公平性。ブロックチェーンがもたらす「安心社会」


月払いは非効率?その場で完了するデジタル取引

朱 喜哲(以下、朱):前々回の冒頭で時田さんから貨幣の歴史は意外と古いという話がありましたが、貨幣の歴史についてはさまざまな見解があります。

例えばアメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーによると、貨幣の起源は負債です。グレーバーは著書の中で、誰が誰にいくら借りているのか追跡するための手段として貨幣が生まれたという歴史観を打ち出しています。そうした見解がある一方、原始時代には石貨が流通していましたし、それは宗教的なトーテムだったとする考え方もあります。

それでもやはり歴史上、物々交換が行われていたのは事実だと思います。自分たちが生産したり収穫したりできるものとそうではないものを、何かしらの折り合いをつけて引き換える。そうした交換が歴史上のある時点まで絶え間なく続いてきたのだと思います。

その交換が、貨幣経済が生まれ、国家資本体制が確立されたことで、国家の信用を介して行われるようになりました。

大阪大学招聘教員の朱喜哲さん

朱:さらにインターネット以降、オークションサイトやフリマアプリで個人間(CtoC)の直接取引ができるようになりましたが、そうしたCtoC取引においても交換ツールは貨幣。送金や手数料には貨幣が用いられますし、収入として手元に残るのも貨幣です。それを発行・管理するのがこれまでの国家の役割の一つでした。

それに対して、デジタル通貨による取引は、送金と同時に決済が完了します。クレジットカードのような信用取引でもありません。

価値の交換、対価の支払いというアクションがその場で発生し、即時に完了する取引は、私は原始的な物々交換に近いのかもしれないと考えることがあります。

時田一広(以下、時田):そうですね。デジタル通貨による取引には、買い掛けも売り掛けもありません。「その場で終わらせてしまいましょう」という取引です。

ただ、今のところ多くの企業は月末締め・翌月末払いといったかたちの取引をしています。その取引を前提にさまざまなルールがあります。

それが商習慣。非効率な点も多いのですが、ルール化した商習慣を変えるのは、簡単なことではないと感じています。

ディーカレットDCPプロダクト開発責任者の時田一広

朱:ELSI(エルシー:Ethical, Legal and Social Issues=倫理的・法的・社会的課題)と照らし合わせると、今は「L(法律)」の部分に非合理的なものがたくさんあり、そこを突破しないといけないということですね。もしかすると月ごとに会計を締め、計上させる仕組みには、国の徴税の管理という目的があったのかもしれません。

時田:より身近な給与や電気代、携帯電話の通信料を含め、なぜ月払いなのかと考えると、おそらくキリのいい単位や期間が必要だったのかなと。それをもとにさまざまなルールができて、常識化したのだと思います。でも、本来は毎日払っても、リアルタイムに支払ってもいいわけです。

デジタル通貨には既成概念を変える可能性がありますし、実際に変わった方が効率の良いことがたくさんとあると思います。

クレジットカードの歴史から見るインセンティブの重要性

後藤康夫(以下、後藤):今の商習慣に非効率な部分があるのは、まさにその通りですね。ただ、掛け払いが生まれた理由もわからなくはありません。その点も含め、朱さんの言うところの現代の物々交換、デジタル通貨による取引を社会に浸透させるには何が必要なのでしょうか?

DETOURNERの後藤康夫さん

時田:以前auフィナンシャルホールディングスの勝木さん(*編集部注:勝木朋彦さん。auフィナンシャルホールディングス株式会社代表取締役)と対談させていただいた際、クレジットカードのお話を伺いました。

勝木さんによると、1950年代の後半、バンクオブアメリカがカリフォルニア州のある街にクレジットカードをばら撒き、翌月末の支払いを保証して利用を促したそうです。


それによって消費に火がつき、アメリカの経済は爆発的に成長しました。現代における掛け払いの始まりも、おそらくそのあたりにあるのかもしれません。「今お金を持っていなくても買える」というのが大きかったのだと思います。

朱:とても興味深い話ですね。

時田:そうですね。ただ、ブロックチェーン技術を活用すれば、リアルタイムに負債や焦げ付きをチェックし、リアルタイムに与信できるようになります。掛け払いというルールがなくてもファイナンス会社は成り立ちますし、審査の簡略化なども含め、取引の流動性も高まっていくはずです。

後藤:今のクレジットカードの仕組みには、カード会社、加盟店、決済代行会社などプレイヤーが多く、手数料をはじめとするコストの転化が複雑になっている部分もありますよね。

時田:もう少しシンプルに取引できるようにした方がいいと思います。そこで何が必要かと考えると、それはやはり利用者にとってのインセンティブクレジットカードは「今お金を持っていなくても買える」というインセンティブによって、消費というキャズムを超えました。先ほど話したインターネットの場合は、情報がインセンティブだったのかなと思います。

朱:確かにコミュニケーションは一変しましたね。インターネット以前、人々が自分の言葉遣いで世界に向けて情報発信するということは考えられませんでした。

ポップアートの先駆者であるアンディ・ウォーホルは「将来、誰でも15分間は世界的に有名になれる(原文:In the future everybody will be world famous for fifteen minutes.)」という言葉を残しましたが、今は情報発信によって誰もが常に注目を集めることができる時代です。

デジタル通貨も何らかのインセンティブや先ほどお話されていた相乗効果によって社会に浸透し、ある側面では物々交換的なデジタル取引が当たり前の時代になるのかもしれません。

見えるからこそ考える。テクノロジーの両義性と「自律」とは?

後藤:デジタル技術はさまざまな利便性をもたらします。ただ、何かができるようになるということは、できないことが浮き彫りになるということ。デジタル技術によって実現可能なことが増えるという点について、朱さんは社会的なリスクも含めてどう考えていますか?

朱:おっしゃる通り、何かができるようになるということは、何かができなくなるということでもあります。

例えばスマートフォンで位置情報を取得すれば、親は自分の子どもが今どこにいるのか、ちゃんと学校へ行ったのかどうか、すぐにわかります。それによって子どもが犯罪に巻き込まれるのを防げるかもしれませんし、災害時にはすぐに助けに駆け付けられるかもしれません。

ただその反面、子どもが通学路から外れて寄り道したり、登校しなかったりすれば、位置情報によってすぐ親にバレることになりますよね。

つまり、現代は常に親が見守ってくれている、子どもにとって安心な時代だという捉え方ができる反面、寄り道したり、学校をさぼったりする子どもの自由が奪われた監視社会、ディストピアであるという見方もできるわけです。

テクノロジーには両義性があるので、良いとこ取りはできません。そのうえで可能な限り良いところを取り入れつつ、いかに悪い部分を最小化するか。これは私たちがテクノロジーを乗りこなすうえで、とても大事なポイントだと思います。

この観点からすると、金融の世界ではテクノロジーによって何が実現でき、その裏にどういった副作用があるのでしょうか?

時田:トレースできるようになるという点は、金融の世界も同じだと思います。デジタル通貨による取引の履歴、価値の移転の記録はすべてブロックチェーン上に保存されるので、マネーロンダリングのような不正行為は制御できます。

その一方、何ら違法性のない取引において当事者が得た利益も同じように可視化されるため、場合によっては恣意的にスコアリングされたり、変なレッテルを貼られたりして、サービスを利用できなくなってしまうようなことが起こるかもしれません。便利になる反面、取引に参加する人の倫理観がこれまで以上に問われるようになるでしょう。

これまではルールで縛られていたから考えなくても済んでいたことを、一人ひとりが考えなくてはならなくなると思います。

朱:それはまさに哲学における「自律」ですね。西洋哲学ではあるべき状態として、自分で自分を律する、自己陶冶するのが大切だとされてきました。

自分次第で良くもできるし、悪くもできる。だからこそ自己陶冶する。それが近代的な自己形成であり、教育そのものだと考えられてきました。

それがテクノロジーによって陶冶できるようになった時、教育や教養の役割は再定義される必要があるかもしれません。自己陶冶、人格の自律というものがどうなっていくのか。これは抽象的でありつつも、これからのデジタル社会においては現実的・具体的に検討されるべきテーマかもしれませんね。

最後に

後藤:あらゆる情報が可視化され、コントロールできるようになるからこそ、自分で自分を律するのが不可欠そのための軸として、これまでの法律やルールに替わるのが倫理なのかと思います。

私自身は、倫理とは安易に自分を信用しないこと他の人の声に耳を傾け、多角的に物事を見ることが大切だと考えています。時田さんは本日の対談からどんなことを感じましたか?

時田:改めて勉強になったと感じるのは、本質の大切さですね。私たちが普段行っているサービス開発や事業では、どうしても目の前にある便利さに目を向けてしまいがちです。今日朱さんのお話を伺い、本質的なところに存在価値がなければ意味がないと改めて理解しました

時田:先ほどお話したインターネットやクレジットカードも、普及した理由や背景はあくまで後付けです。

それぞれの黎明期にいた人たちは、何をきっかけにどこまで普及するのか予想できなかったと思いますし、デジタル通貨の開発を進めている私たちも、今同じようなところにいると感じます。

だからこそ本質を突き詰め、サービスや事業に実装していきたいですね。

朱:私は貨幣や価値の交換をめぐる歴史はまさに人類史そのもので、今起きているデジタルイノベーションは人類史の大きな変革点かもしれないと改めて感じました。

今日のお話の中で特に印象的だったのが、時田さんの「国家はプライベート」という言葉です。月次・年次の会計や売上の計上という仕組みには、やはり国家による徴税という目的もあったのだと改めて思います。

朱:あらゆる情報が分散管理され、フラット化されれば、これまでとはまったく違った世界が見えてきます。もしかしたら将来の世代はそうした世界観のなかで生きていくのかもしれません。

また、現時点で当たり前になっている箍(たが)を外して考えるというのは、ある意味では哲学的でダイナミックな思考実験でもあります。今はそれを、テクノロジーの先端にいる方たちが哲学者に先立って実践しているのかもしれないとも感じました。

今日は非常に刺激を得ましたし、私自身、今日得たものから来るべき社会や価値のあり方について、言葉を模索していきたいと思います。

朱 喜哲 (哲学者・大阪大学招聘教員)
1985年大阪生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了、博士(文学)。大阪大学社会技術共創研究センター招聘教員、広告会社チーフ・リサーチ・ディレクター等。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史およびデータビジネスのELSI(倫理的・法的・社会的課題)。著書に『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす』『人類の会話のための哲学』『100分de名著 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』『バザールとクラブ』など。共訳に『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』などがある。

【朱様プロフィール挿入】

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- 編集後記 -
今回もお読みいただきありがとうございました!
非常に面白い対談で勉強になりました。
私もひちょるさんの『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす: 正義の反対は別の正義か』を拝読中ですが、言葉だけでなくさまざまな物事の本質を非常に考えさせられます。
皆さんも是非お手に取って読んでみてください。今までにない気づきを得られると思います。


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