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【デジタル通貨を哲学する Vol.1】思想史から見るお金と信用。そしてELSI

こんにちは。「デジタル決済の未来をツクル」ディーカレットDCPのハナエです。

今回のクロストークのお相手は、朱喜哲(チュ・ヒチョル)さん。広告会社でデータビジネスの倫理的課題の研究や社会実装の推進に携わる朱さんは、哲学者としての顔も持ち、大阪大学の招聘教員として英米哲学、行動データのELSI(エルシー:Ethical, Legal and Social Issues=倫理的・法的・社会的課題)の研究にも取り組まれています。

哲学の観点から見た「お金」とは何なのか?デジタル通貨の現状や課題は哲学者の目にどう映っているのか?今回は私の代わりに朱さんと親交の深いDETOURNERの後藤康夫さんにもファシリテーターとしてご参加いただき、深掘りしていきます。


ミステリアスなお金と「命がけの跳躍」

後藤康夫(以下、後藤):今日は面白い話が聞けそうで楽しみです。まずは、お話をしていただく内容の根本にある「お金」というものに対するおふたりの捉え方を確認したいと思います。お金は人類史上最大の発明と言われたりもしますが、時田さんはお金をどういったものだと捉えていますか?

DETOURNERの後藤康夫さん

時田一広(以下、時田):お金は非常にミステリアスですね。おそらくお金が必要とされたのは、物々交換に限界があったから。みかんとリンゴを交換したい時、みかんをいくつ渡せば釣り合うのかは誰にもわかりません。そこで共通の尺度、一定の信用がある価値が必要になったのかなと。

以前、当社のイベントで講演していただいた雨宮さん(*編集部注:雨宮正佳さん。東京大学金融教育研究センター招聘教授、前日銀副総裁)によると、お金の起源は一般的に考えられているよりずっと古いそうです。原始時代も物々交換はそれほど行われておらず、石貨などがお金として流通していましたが、所有権の交換が主だったと言います。

お金の信用の裏付けとして、これまで金本位制というシステムや中央集権国家、あるいは高度な印刷技術をはじめとするテクノロジーが機能してきました。

こうした変遷は今後も続いていくと思いますが、それ以上に興味深いのは、お金が持つ「信用創造」という側面です。お金を銀行に預ければ利息を得られますし、預かった銀行はそれを他の人へ貸し出すことでさらなるお金を生み出すことができます。

歴史上のあるタイミングでこの信用創造が起こり始めたことで、お金は魅惑的なものになったのかなと。

ディーカレットDCPプロダクト開発責任者の時田一広

朱 喜哲(以下、朱):哲学、思想の観点からも、お金はミステリアスかつ重要なテーマですね。

例えばカール・マルクスの『資本論』は、もともと物々交換から始まった経済でなぜ価値が生まれたのか。お金が承認手法となり、どう膨らんでいったのか。さらに最終的には資本、つまりお金そのものが目的化し、自己増殖を始めるまでのプロセスを解明しています。

このプロセスは資本主義のメカニズムそのものです。『資本論』は資本主義批判の本として見られることが多いのですが、批判というよりむしろ資本主義の成り立ちを歴史的に読み解いた本なんですね。この『資本論』の中で注目したいキーワードが2つあります。

一つは「交換」。『資本論』の中でマルクスは、交換を「命がけの跳躍」としています。交換するということは、何かを投げ出し、何かを手に入れるということ。そこには釣り合うのか、見合うのか、正解がないまま飛ばなくてはならないチャレンジがあるわけです。交換はお互い飛び合うことによって何かを成し得る不思議なものだとマルクスは言います。

大阪大学招聘教員の朱喜哲さん

朱:もう一つは「フェティシズム」。日本語では物象化と訳されます。いわゆる「フェチ」の語源ですね。

マルクスによれば、お金は本来、交換という機能に意味があります。にもかかわらず、お金を得ること自体が目的化していく。人はモノとしてのお金を蓄え、それをさらに増やしたくなる。ここからマルクスはフェティシズムという言葉を編み出しました。

哲学、思想の観点からお金を考えるには、この2つがキーワードになります。ただ、私は今進んでいるお金や価値のデジタル化は、そもそもマルクスが想像すらしなかったことなのではないかという気がしています。

マルクスが思いもよらなかったテクノロジーによって、ある種の物々交換的な社会に戻りつつあるのではないかなと。そう考えた時、もう一つの重要なキーワードが「信用」です。

お金、交換、信用。言葉で考えるということ

朱:お金が流通するのは、そこに信用をともなうからです。16世紀の政治哲学者・トマス・ホッブズは『リヴァイアサン』という本の中で、法が存在していない世界は「万人の万人に対する闘争」であるとしました。一触即発の世界に生きているからこそ、私たちは一人ひとりの暴力性を社会契約に基づいて手放し、国家に移譲するのだと。これが有名な社会契約説です。

この社会契約説は、お金の信用とパラレルな関係にあります。つまり、私たちは日頃の経済活動において、マルクスが言う「命がけの跳躍」というリスクを国家に委ねているんですね。委ねるということは信用するということで、信用は権力の源泉に他なりません。

時田:私たちは普段それほど意識することなく、交換、信用といった言葉を使っていますが、感覚的に使っている言葉がどのように生まれたのか考えると、深い歴史がありますね。

リスクを移譲された国家が信用の基に通貨を発行し、決済を完全に完了させるファイナリティを行う“ファイナリスト”になる。だから、その通貨で価値の交換ができる。

マルクスは経済の本質を説いていると思いますし、改めて言葉にして意味を整理すると、言葉は本質を表しているのがわかります。

後藤:私は、お金や価値をデジタル化した社会は、まだまだ言葉を持たない世界なのかなと。そこに明確な言葉や定義が生まれれば、デジタル社会をさらに発展させられるし、逆に牽制もできます。

朱:そうですね。よくよく考えると、今のデジタル金融的なものにはおかしなことがたくさんあります。例えばプリペイド式の電子マネーは企業のキャッシュフロー改善につながりますが、一方でユーザはチャージした金額を使い切れません。

端数の分は使い切れないと最初からわかっているのに、最小単位が決められたお金をチャージしなければならない。つまり、先に信用を企業に移譲するということが起きているわけで、先ほど話したお金の存在意義からするとおかしなことがまかり通っています。これはやはり企業側がインフラを持っているからだと思います。

後藤:それは、ディーカレットDCPさんが開発を進めているプロダクトのような、利用者側でデジタル通貨をフレキシブルに管理できるインフラが不可欠なのですが、そこに言葉が追い付いていないということでもありますよね。

時田:今、朱さんがおっしゃったプリペイド式の電子マネーは、個々の企業がそれぞれの責任で運営するサービス、つまりプライベートなサービスに使えるようプリペイド式にしているんです。

それに対して現金やデジタル通貨はパブリックなもの。誰でも受け取れるし、誰でも持てます。少なくとも日本人が日本円を受け取って困ることはありません。

今起きていることの一つとして、従来からのプライベートなサービスにパブリックチェーンを利用しようとする動きがあります。もともとの概念や性質が違うのに、両者を無理やり合わせようとしている。だから、おかしなことになるのではないかと。

公正な取引とデジタル通貨の透明性。ELSIの役割は?

後藤:続いては公正な取引、デジタル通貨の透明性について。これまでの話を踏まえつつ、朱さんの研究テーマであるELSIとあわせて掘り下げていきたいと思います。

公正や透明性という視点においてフェイクと真正なものの判定が重要だと思います。この点についてディーカレットDCPさんはどのように取り組んでいますか?

時田:ご存じだとは思いますが、ブロックチェーンに記録されたデータは改ざんできません。さらに参加者全員に共有され、トレーサビリティが保たれます。これは実はインターネットと似た特性です。

金融と同じく通信はある種の国策なので、以前は国ごとのプライベートネットワークの枠を越えて通信することができませんでした。それが、インターネットによって世界中のプライベートネットワークがつながった結果、世界中でデータを共有・交換し、データを活用してさまざまなサービスを生み出せるようになりました。

ブロックチェーンに寄せられている期待の一つは、このデータが平等に共有されるという点です。

今AppleやGoogleは膨大なデータを持ち、私たちのあらゆる行動を分析できます。でも、私たち自身にそれはできません。ブロックチェーンには、このデータの独占というアンフェアを是正する期待が寄せられています。かつそのデータが改ざん不可能な、真正なものであるという点もポイントです。

私たちが開発しているデジタル通貨DCJPY(仮称)は、このブロックチェーン上に実装するサービスなので、皆さんが公平に使える基盤になる可能性があると考えています。

後藤:ありがとうございます。朱さんはELSIの研究がどのように公平な取引へつながると考えていますか?

朱:まずELSIのL(法的課題)をコンプライアンスとして捉えると、法律を守るのは当然のこと。むしろLについて大切なのは、これから法律はどう変わるべきかという視点です。政策提言、ロビイングにつなげていくことが大事ですね。

そのためにスタートすべきなのが、S(社会的課題)の議論です。これはいわゆる世論。SNSの炎上などによって可視化されやすい反面、動きやすくコントロールが難しいものでもあります。

ただ、人がモヤモヤ感じること、不満や違和感には何かしら共通する問題や課題感がありますよね。それを凝縮させ、言葉として洗練させたのがE(倫理的課題)です。

朱:ちなみにEthics(倫理)という言葉には、Ethnicity(民族性、共同体への所属意識)という語源があります。倫理は普遍的なものとして広がっていくというのが西洋のリベラルな価値観なのですが、もともと倫理はエスニック、共同体独自のものでもあるわけです。

ELSIのS、つまり生活者の視点からすると、今ブロックチェーン技術やデジタル通貨に対しては「モヤモヤしていて怖い」、「気持ち悪い」といった感情が先立っている部分があるのではないかと感じます。

だからこそEを突き詰める。そこにどんな思想や理念があるのか。どういった価値を打ち出しているのか。倫理のボキャブラリーを豊かにしていくと、世の中全体でブロックチェーンやデジタル通貨への理解が深まっていくと思います。

同時にLについても「こういう理念なのだから今の法律はおかしい」という声をあげられるようになります。こうしたサイクルのハブとなるのが、ELSIのEの部分です。

先ほど時田さんからブロックチェーンやデジタル通貨の話を伺い、人類史上初めて中央集権的ではないかたちでの信用、持続可能なインフラストラクチャーがつくられつつあるのではないかと感じました

ただ、この有史以来のインパクトをどう表現するかというと、少なくともSの部分では、まだまだ言葉が追い付いていません。ゆえにEの探求が大切なのだと思います。

後藤:お話も盛り上がって来ましたが、次回は真にユニバーサルで公平な取引とはどういったものなのか?その実現に向けてどういった課題があるのか詳しく伺っていきます。お楽しみに!

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