酒蔵DXのアイデアはどう生まれる?Web3社会における日本酒の新しい売り方とは?
こんにちは。「デジタル決済の未来をツクル」ディーカレットDCPのハナエです。
西堀酒造の6代目蔵元・西堀哲也さんをゲストにお迎えしたクロストーク。前回、前々回は酒蔵DXの進め方とその成果、日本酒造りの付加価値やブロックチェーンとの関係性についてお話をうかがいました。
今回はそれに引き続き、西堀さんのお酒造りのアイデアはどのように生まれるのか、日本酒の販売や流通にデジタル技術をどう活かすことができるのか、さらに深掘りしてうかがっていきます。
シンプルな好奇心と疑問・工夫・探求心
時田:発酵タンクの透明化や、そのタンクにLEDを照射して味をコントロールした日本酒「ILLUMINA」(イルミナ)の商品化、温度管理システムの自社開発など、西堀さんは他に類を見ない日本酒造りに取り組まれています。そうしたアイデアはどのように生まれるのでしょうか?
西堀:発酵タンクの透明化についてはまず、「タンクの中の対流を見てみたい」というシンプルな好奇心がありました。水族館の水槽にクラゲが浮いているのを見て、お酒だったらどうなるのかなと。アクリル板を使えばいけるかなと。ただ、開発のハードルは結構高く、発酵タンクを製造しているメーカーに話を持ち込んだところ、10社以上に断られてしまいました。「素材が違うし、透明にすると醸造の保証もできない」と。
西堀:でも、私は必ず方法があると感じていたんです。前職のエンジニア時代も最初はできないのが当たり前、システムにはバグがつきものという感覚がありました。試行錯誤を重ねていけばバグを直す方法が見つかるように、発酵タンクの透明化も工夫すれば絶対できると思っていました。
そこから開発に向けて大きく進むきっかけになったのは、「光は発酵中のお酒(醪)に本当に悪い影響をもたらすのか?」という疑問を抱いたことです。農業、漁業、医療など、LED光は幅広く活用されていますよね。そう考えると麹菌や酵母などの微生物も同じ生き物なのだから、光と麹菌や酵母について基礎研究をされている方がいらっしゃるかもしれないと思いました。
時田:すごい探求心ですね。実際に基礎研究をされている方は見つかったのですか?
西堀:Googleで探して見つけることができました。ただ、実際に透明タンクを開発するとなるとこれまで前例がありませんし、醪をすべてダメにしてしまう可能性もあったので、クラウドファンディングを活用し、先行して若干のリスクヘッジをしました。
それで実際に透明タンクをつくり、まず第一段階として当初の目的であった、醪の対流を確かめる醸造を約3年かけて行い、コンテストで受賞可能なレベルの醸造が問題なくできることを確認しました。その後、業界ではタブー視されていた「光」を逆に活用できないかという観点で、透明タンクの側面から特定の色(波長)のLED光を照射してみたところ、醪の発酵速度に驚くほどの変化が見られたんです。その後、透明タンクとLEDの照射方法の両方で特許を取得し、コラボによる商品開発など、いろいろとお話をいただくようになりました。
アイデアは「融合」。発酵の研究が活かされたジャパニーズウイスキー
時田:お話をうかがっていると、西堀さんは研究者のような一面を持ち合わせていらっしゃるように感じます。
西堀:研究するのは好きなのかもしれません。LEDを照射した酵母も顕微鏡で見て、400万分の1セルのなかに菌がどれくらいいるのか、増殖率や死滅率などはどうなっているのか、自分自身でチェックしました。
その研究は、いま進めている清酒酵母を使ったジャパニーズウイスキーの開発にも役立っています。麦芽(モルト)と相性の悪い清酒酵母をどうやって増殖させていくかという最初のハードルを、研究の知見を活かしてクリアすることができました。
ですから、アイデアということに関して言うと、私の場合、最初から先々まで見据えて考えているわけではないんです。あくまでその時々の課題に対して「こうすればうまくいくのでは」というトライを重ねてきました。その思い付きの発端は別の分野から得られることも多く、それらが融合してアイデアになっていくということなのかもしれません。
時田:いまお話にあった清酒酵母を使ったウイスキーは、2025年に商品化されるとうかがっています。
西堀:そうですね。通常、ウイスキーの熟成には洋樽を使うのですが、うちではウイスキー専用の和樽をつくりました。国産杉の四斗樽で熟成させたほうが、よりジャパニーズウイスキーらしいかなと。
それからウイスキー樽は熟成効果を高め、より長期間樽を使えるようにするために、内側に焼き(熱処理)を入れます。この焼きの手法は従来の和樽の世界にはないものなので、これも取り入れてみようと思っています。和樽に焼きを施す具体手法は実用新案登録出願中です。実際、和樽をつくる職人さんに樽の上の部分を開けておいてもらうよう依頼し、自分で和樽を焼きに行きました。
時田:すごいアイデアというか、西堀さんは研究者でもあり、チャレンジャーでもあるんですね。
西堀:いえいえ。自分でも何をやっているのか時々わからなくなることがあります(笑)。
日本酒のカスクオーナーシップ。ブロックチェーンでつながる製造と販売
時田:続いて今後の展望についてお聞かせください。これからの日本酒の販売や流通には、どのようにデジタル技術が活かせると考えていらっしゃいますか?
西堀:いま思い描いているのは、これまでの日本酒にはほとんどなかったカスクオーナーの世界ですね。熟成酒の先行予約というか。仕組みとしては、ものすごく長いスパンでのクラウドファンディングのようなもので、これはブロックチェーンをはじめとするWeb3技術によって実現できそうな気がしています。
時田:ウイスキーは既にそうした形での販売取引が行われていますよね。ウイスキー樽の所有権をトークン化して分割することで、たとえば300万円の樽も1万円単位から購入できるようになります。それを買った人はオーナーなのでトークンを売ることもできますし、20年後、30年後に自分でウイスキーの味を楽しむこともできます。
西堀:そうした仕組みが日本酒の世界にはほとんどないので、熟成などを含めて今後業界としてやっていかなければいけない部分かなと。
いま、日本酒の品質を落とすことなく保管するには基本的に冷蔵庫が必要なのですが、必ずしもそうではないタイプ、つまり熟成に耐え、ドライコンテナで海外へ運ぶことでき、冷蔵庫がなくても貯蔵できる日本酒がこれから求められるようになってくると思います。
それから日本酒はものすごく繊細で管理コストがかかるにもかかわらず、業界全体で見ると単価があまり上がっていません。そうした課題の解決策としても、やはりトークンを介した日本酒の付加価値向上に可能性を感じています。
時田:トークンにはそれ自体の歴史が長ければ長いほど、記録された情報が増えていくほど、トークンとしての存在価値が上がるという性質があるんです。
西堀:そうすると、日本酒の製造プロセスが全部詰まったトークン、ストーリーが凝縮されたトークンは、やはり付加価値になり得るのかなと。
時田:そうですね。たとえば、前回お話されたお酒造りのプロセスや環境を映像としてトークン化すると、それはトークンホルダーしか視聴することができないインセンティブになりますし、持っている人は嬉しくなると思います。
いきなりは難しいのかもしれませんが、そういった販売・流通のさせ方を少しずつ発展させていき、場合によっては飲食店などでもインセンティブを体験できるというところまでいくと面白いですし、それはブロックチェーンによってお酒の製造と販売がつながるということだと思います。
本日は非常に興味深いお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
西堀:こちらこそありがとうございました。