環境先進都市の「失敗」に見る、価値を「見える化」して循環させるテクノロジーの可能性
こんにちは、ディーカレットDCPのハナエです。
今回も、オレゴン州のポートランド市開発局(PDC)などでサステナブルな街づくりに取り組まれてきた都市計画家の山崎満広さんにお話を伺っていきます。
環境先進都市と名高いポートランドのサステナビリティは、地域の風土とデータドリブンの合理的な都市計画によって実現されていることを前回学びました。
しかし、世界屈指の成功例であるポートランドにも、実は苦い「失敗」があったのだとか…!そこからの逆転劇には、私たちも学ぶべきところがたくさんあります。
サステナブルを目指す日本のこれからに、デジタル通貨が果たす役割は少なくありません。山崎さんのお話から、最先端テクノロジーによってサステナビリティが広がる日本の未来が見えてきそうです。
環境先進都市・ポートランド最大の失敗
山崎満広(以下、山崎):環境先進都市と呼ばれるポートランドですが、実は過去にひどい公害に悩まされた時期があったんですよ。
ハナエ:それは意外!なんで公害が起こってしまったんですか?
山崎:ポートランドはもともと農業と林業で成長を遂げていましたが、1930年代以降に他のアメリカの都市と同様に工業化の波が訪れ、ウィラメット川沿いに製鉄工場や製造所が建設されました。第二次世界大戦期には造船業は急成長を果たし、巨大な貨物船を2週間に1隻のペースで造り続けていたと言います。
しかし、造船の工程で油や塗料が川に垂れ流され、ウィラメット川はアメリカでもっとも汚れた川の一つとなり、そのせいでサーモンが獲れなくなってしまったんです。当然、空気も土壌もひどく汚染されてしまい、1年の半分は光化学スモッグ注意報が出されていました。
ハナエ:それはひどい…。
山崎:加えて、60年〜70年代のアメリカの経済成長の根幹であったモータリゼーションが他の都市と同様にポートランドでも進み、高速道路も建設されました。郊外に住みながら仕事するためだけに都心部に通うライフスタイルが確立され、ダウンタウンは駐車場であふれ、仕事終わりにはほとんど人がいないというドーナツ化現象が生じてしまったのです。
ハナエ:今のポートランドのイメージからはとても想像がつきませんね…。
山崎:そこで彼らは真逆に振り切ったんです。つまり「オレゴンの暮らしを守るには、環境を大事にしながら経済を発展させなくてはいけない」と。
全米初のサステナビリティと経済成長を両立させた街
山崎:93年にポートランドはアメリカで初めて地球温暖化に対する政策を打ち出しました。京都議定書が採択される4年ほど前のことです。以来、ポートランドは人口と経済を伸ばしながら、二酸化炭素(CO2)排出量を減らすことに全米で唯一成功しています。
ハナエ:どのぐらい、変化があったんでしょうか?
山崎:開始から20年後の2013年にはアメリカのCO2排出量は90年比で7パーセント増加していましたが、ポートランドでは14パーセント削減することができました。その一方で、同期間にポートランドの人口は約27パーセント、GDPは300パーセント以上も増えています。
時田一広(以下、時田):それはすごいですね。具体的にどのような対策を取られたのでしょうか?
山崎:2010年までに一人あたりのCO2排出量を20パーセント削減することを目標とし、交通、省エネ、再生可能エネルギー、リサイクル、植樹、車両の燃費基準の向上といった6分野で施策を行いました。人口や移動距離、活動量が増える前提でCO2を減らすという作戦を初めから立てたわけです。
例えば、新しく建物を建てる際にCO2を吸収する木材ではなく鉄筋コンクリートを使用する場合は補助金を出さない、車移動削減の対策として、都市部の住居を促進するために一つの建物に住居、オフィス、商業といった複合用途をある程度入れるというような決まりを敷きます。一方、リノベーションなら元の家が吸収してきたCO2も認めます。
また、エリアの法律が変わってより高いビルを建てられるようになっても、建て替えなくても上限まで建てた場合と同等のインセンティブが受け取れるよう、増築可能領域分の価値に値付けして売買できるようにしました。つまり、なるべく今あるものを長く使ってもらうためのルールを随所に盛り込んだわけです。
時田:ポートランドでは、目に見えない価値のトレードが昔から行われていたんですね。しかしこれは、行政を巻き込まないとできない規模感ですね。
山崎:行政から始まった取り組みだからできたと言えます。その結果、家庭・産業・運輸どの分野でもCO2の削減が見られ、特に工業分野では88年比で39パーセントもの削減を果たしました。
その動きは60年代後半からはじまり、現在まで続いています。長年にわたる人々の努力が、ポートランドという環境先進都市をつくったというわけなんです。
ハナエ:考え方が180度変わったんですね!でも、どうしてそんなことができたのでしょう?
土への感謝、土地への想い
山崎:再生可能エネルギーの奨励も、地産地消のムーブメントも、すべては過去の失敗の反省からきていると思います。環境汚染によって農作物が何も育たなくなるという教訓を得た彼らは、自然を愛し、環境再生を強く掲げたトム・マッコール氏を支持しました。66年にマッコール氏がオレゴン州知事に当選すると、官民一体となって20年以上にわたり土壌改良に取り組んできたわけです。
歴史を紐解けば、オレゴンの開拓者たちはカリフォルニアのゴールドラッシュにあやかって一攫千金を狙うのではなく、最初に与えられた32エーカーの土地から自らの手で生きる道を切り拓こうという気骨ある精神の持ち主がほとんどでした。だから、生活の根底を支えてくれるマザーアースを損なっては、自分たちの暮らしが成り立たないと彼らは骨身に染みて知っているんです。
ハナエ:なるほど。ポートランドの文化には、もともと「土地を大事にしよう」というアースコンシャスなマインドが備わっていたということですね。
山崎:もらった土地があったから開拓が始められて、農作物が育ち、経済が生まれ、街が発展した。だから「大事なのは土なんだ」というのが彼らのマインドセットなんです。日本にも土地が大事という発想はありますが、それは「先祖代々の所有物だから他人に触ってほしくない」という意味合いが大きいです。ポートランドのような「この土地があるから俺たちは生きているんだ!」という価値観は希薄ですよね。
時田:デジタル通貨はただのキャッシュレス決済とは違って、人の想いを「見える化」することができます。その土地の良さや大切に思っている人がどれくらいいて、そういう想いがどれくらい長いあいだ継承されてきたのか、といったことを目に見えるかたちで表すことができる“想いの計測ツール”にもなることがでます。
山崎:それが見えるということは「その土地の価値が見える」ということですからね。それによって経済のサイクルも健全に回っていく。デジタル通貨がやろうとしていることは、今後ますます重要になってくると思いますね。
「見える化」は本当のサステナビリティを実現する
時田:私たちも地域通貨の概念検証(PoC)を福島県会津若松市などで行っているのですが、もう一歩、二歩先に進みたいと思っています。市民生活の利便性を向上させるサービスから「人の想いを可視化するツール」としてデジタル通貨を役立てていきたい。
価値をめぐる根本的な課題にアプローチした時、デジタル通貨の本当の力が発揮されると思います。山崎さんが現在取り組まれていることにも、デジタル通貨を役立てていけるといいんですが。
ハナエ:「こんなデジタルテクノロジーがあればサステナビリティがより実現できるのにな」と思うことはありますか?
山崎:たくさんありますね。例えば、カーボンクレジット(炭素クレジット)って行われていますよね。工場は省エネ機器を導入してCO2排出量を削減することでクレジットが得られて、それを売買できる。でも、厳密に言えば、その省エネ機器を製造する際にもCO2は排出されているわけだから、実質的な削減量は思っているより低いはずなんです。一方、省エネ機器の製造時に排出したCO2に応じて植樹するという、実質的に有効な策を取ってもクレジットは加算されない。
トレーディングが目的になっていて、本当にCO2を減らすことが目的になっていないから、こういうことが起きるんです。「〇〇をすればCO2を△△パーセント削減した」とみなす曖昧なルールではダメで、効果が「見える化」されないと実質的な成果にはつながりません。ブロックチェーンでそのあたりが見える化されるといいのになと常々思っています。
時田:現状、一般の方が電力供給を受ける際に再生可能エネルギーの選択、それにカーボンクレジットを付けるのは複雑な手続きが必要です。まだまだ発展途上の段階ですが、ブロックチェーン技術やデジタル通貨を活用することで電力のトレーサビリティやカーボンクレジットの付与と即時決済が可能になると考えています。われわれが事務局を務めるデジタル通貨フォーラムでもそのような検討と実証実験が進んでいます。
未来の価値を担保に、サステナブルな社会に投資するTIF制度とは?
山崎:僕がいたポートランド市開発局(PDC)は市の部局から独立しているため、TIF(Tax Increment Financing)という手法を用いてポートランド市の財源に依存しない独自の財源を確保していました。
TIFとは、荒廃地域の再開発等のプロジェクトにおいて、開発後に固定資産税や事業税等の税収が増えることを返済財源にして資金調達を行う手法です。オレゴン州では60年代に採用され、PDCの予算の97パーセントがTIFで賄われていました。
時田:どういったプロセスで資金調達をしていくんでしょうか?
山崎:まず、TIFの実行機関であるPDCが開発の対象エリアを特定し、都市再生地区として自治体から公的な承認を得ます。この段階で、エリア内にある固定資産に対する評価の上限額が固定化され、自治体の税収額が一定化されます。
次に、自治体から都市再生債券が発行されます。この時に再開発から20年後の固定資産評価を測定し、最大債務額を算出します。そして債券で得た資金を開発に投資し、それを呼び水に民間投資を誘発します。こうしてエリア内の不動産価値を上昇させ、税収を増やし、債権の返済に充てていくのがTIFの仕組みです。
ハナエ:TIFの特徴はどんなところにあるんでしょうか?
山崎:TIFは再開発の受益者が収める固定資産税収の増加分を利用しているので、いわゆる全住民を対象にした増税ではなく、負担を負うのは受益者のみです。官民連携(PPP)型都市開発が展開でき、なおかつ、固定資産税の税収増加を原資とするため街のキャパシティを超えた再開発が実施されるといったことはありません。このような理由から、総じて地方自治体が活用しやすい手法だと言えるでしょう。
価値を可視化することで、さらなる付加価値を循環させる
時田:TIFを使った地域開発は、日本でも可能なんですか?
山崎:今、その仕組みを一生懸命つくり込んでいる最中なんです。TIFと全く同じとはいきませんが、日本の社会インフラや法規制が許す範囲で、有効な開発の手法を目指しています。今、地方でやろうとしているのは新しい古民家再生のあり方です。
単純な住宅の再生ではなく、例えば上層部は居住地で一階は店舗といったミクストユースなかたちを提案しています。なぜなら、住宅と商業といった目的が異なる用途を混ぜ合わせると多様な人の流れが増え、昼夜ともに人が訪れることで常に賑わいを生むことができるからです。そうするとキャッシュフローが生まれ、土地の価格が上がっていきます。これを点ではなく、ストリートごとなど面で行っています。
山崎:価値の上昇を見える化することで、さらなる付加価値を生むテナントや企業を誘致することができる。このモデルは非常にうまくいっています。デジタル通貨ではそういった価値の見える化や、それこそ未来の価値を担保にしているTIFみたいな仕組みもできそうですね。
時田:できると思います。今後は、デジタル通貨を使う方たちの真のニーズや想いにさらに踏み込んだより強いユースケースをつくっていきたいと思っています。そのために、どういったサービスやテクノロジーがあるべきか。地域やサステナビリティにデジタル通貨がどのように活用できるのか、ぜひ山崎さんともディスカッションしていきたいです。
山崎:さまざまな地方で現場を抱えるなかで、価値観の行き詰まりを感じる場面にも多く遭遇します。一緒に模索できたら嬉しいです。
ハナエ:今回はサステナブルなまちづくりと、それを実現させるためのテクノロジーの可能性について考えを深めることができました。山崎さん、ありがとうございました。
- 編集後記 -
いつも読んでいただきありがとうございます。
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今回もとても面白い対談でしたね。
取材中終始、山崎さんの発するお言葉から人柄の優しさが伝わってきましたが、その瞳の中には熱い情熱を感じとてもキラキラしているように見えて印象的でした。
ブログを開設してから対談をさせていただく機会が増えてきましたが、自分の信念に沿って行動をし続けるというできそうでできない挑戦をしている方々はやはり輝いて見えます。もちろん、輝かしいことだけでなくその裏には沢山の苦労や努力があってのことだと思います。
とても良い刺激をいただいて嬉しい限りです。
今回対談してくださった山崎さんもnoteをされているので是非一度足を運んでみてください!