人口減少社会の実態とデジタル化の可能性
空前絶後の国難!? 止まらない人口減少
ハナエ:「少子高齢化」と叫ばれていますが、日本は今、どのような問題に直面しているのでしょうか?
河合雅司(以下、河合):危機の度合いでいえば、今までの国難とは比べものにならないレベルなんです。子供が生まれてこないということは、日本人はすでに“絶滅”のプロセスに入っていると言えるんです。
政治家も企業も、そして一般の人々も、この問題の本当の深刻さを理解できていないんです。なぜなら、社会が「子どもが少ない」という前提のもとに変化していっているから。つまり、子どもがいなくても困らないように社会がシフトしていくんです。そして「子どもがいると何かと面倒だ」と考える人が増えてくると、少子化はいっそう加速するでしょう。これがいわゆる「低出生率の罠」というものです。このプロセスから脱出するのはとても難しいんですよ。
少子化がもたらす「3割減」の未来
ハナエ:今、日本はどのような状況でしょうか?
河合:最新の国勢調査によると、日本の総人口はおよそ1億2600万人です。これは世界で11番目です。人口減少が本格的に始まったのは2011年頃と言われています。人口が減るのは出生数が減少し続けているからですが、コロナ禍がその流れをさらに加速させました。子どもの数は近年5パーセントほどのペースで減っており、政府の想定よりもかなり速いスピードです。
ハナエ:人口減少社会では実際に何が起こるんですか?まずは少子化の影響を教えてください。
河合:例えば、生まれた子どもは20年近くすると社会に出ますので新卒者の数が減っていきます。20年前と現在の出生数を比較すると歴然なんですが、20年後の20歳人口は現在より3割弱も少なくなります。
いま小学校では6年生の児童数と1年生の児童数に大きな差が出ています。6年生に合わせて学校をつくると、その6年後には教室はおろか、教員も余ってしまう。現代の人口問題の難しいところで、現在の不足に合わせて供給を行うと、数年後にはそれが過剰になってしまうのです。
時田一広(以下、時田):社会のさまざまなところで「余り」が出てくるわけですね。
河合: 30年後にはマーケットは3割縮小します。出生数で比較すると30年後の30代はいまより3割少なくなるんです。30代前半といえば車や家を買い始める世代ですから、3割少なくなった状況を見越して自動車メーカーや住宅メーカーは事業を縮小させていかざるを得ないでしょう。
自動車や住宅は産業の裾野が広いので日本経済全体に影響を与えますよね。日本企業には内需依存の強いところが少なくありませんが、これまでのように内需一本槍の経営は成り立たなくなっていくでしょうね。
「異次元の少子化対策」は有効か?
時田:若者が減少するなか、最近では「異次元の少子化対策」という言葉も聞かれます。いま取り組まれている少子化対策について、河合さんはどう思われますか?
河合:政府が取り組もうとしているのは子育て支援策であり、子どもが生まれない状況の打開策ではありません。飛行機に乗れないで困っている人に対して、機内食の充実ばかりを図っていても仕方ないでしょ。恐らくあまり効果はないと思います。もはや、付け焼き刃の少子化対策では意味をなしません。
子どもを産むことのできる年齢の女性数が減っていきますので、出生率が多少改善されても出生数は減っていきます。出生数が減るという前提のもとに、どうやってソフトランディングさせるかを考えなくてはならない。すなわち、人口が少なくなるのは仕方がないんです。
そもそも今の人口減少スピードで1億2600万人の国家なんて続けられるわけがなく、5000万人でも難しい。現在の北欧くらいの人口規模を保てるかどうか。日本は今、そういう段階に入っているんです。
時田:少子化は先進国にとって避け難い問題ですよね。子どもを育てるにはお金もかかるし、手間も時間もかかります。子どもは欲しいけど、二人も三人もつくることはできない。
時田:少子化が進むなか、人口減少にともなう労働力不足も深刻な問題です。同じ先進国であるアメリカやヨーロッパ諸国よりも、日本の人口減少が各国よりも早く始まったのはなぜなんでしょうか?
河合:これにはいくつか理由がありますが、大きな要因は極東の島国であるため、移民の受け入れを積極的に進めてこなかったことです。実はアメリカやヨーロッパでも少子化は進んでいます。しかし、各国は不足する労働力や税収を移民の受け入れで賄ってきました。アメリカにいたっては、移民の流入によってむしろ人口が増加しています。
他方、日本はそうした国々とは地理的に離れた位置にあることもあり、考えを共有することができませんでした。大抵の日本人は外国人と共生する訓練を受けていませんから、移民を受け入れることには消極的です。そもそも移民に頼らずとも、こんな小さな国土に1億2500万人以上もの人がいたわけですから、内需だけで十分やってこられたわけです。
進化していくデジタル技術、ついていけない高齢者
ハナエ:他にはどんなことが起こるんですか?
河合:人口減少社会では高齢者が激増します。高齢者といっても、実際に増えるのは75歳以上で、それより若い元気に働ける世代の高齢者数は減っていきます。つまり、ここからの20年間は「75歳以上の高齢者が増え、若い世代が減っていく時代」だと言えるでしょう。
そして、その次の20年間には高齢者の数も減り始めていく。加速度的に日本社会の規模が縮小していきます。75歳以上が増えて若い世代が減ったのでは財源不足によって医療や介護サービスのサステナビリティが保てなくなります。
75歳以上の高齢者が増えるということは、認知機能が衰えた高齢者が増えることを意味します。つまり、デジタル技術がいかに進歩したとて、それについていけない人々が増えるということです。デジタル技術を普及させていくうえで、それは大きな課題になるでしょう。
時田:確かに、新しいデジタル技術が開発されても、それを人々に届けるには工夫が必要ですね。
河合:先ほど20代や30代の働き手世代が減るという話をしましたが、労働力不足はデジタル技術の発達である程度カバーできる可能性があります。しかし、人の手を介さなければ供給できないサービスというものはまだまだ多い。
手術などの高度な医療行為、冷蔵庫やエアコンなどの配送における引き取りや取り付け作業、髪を切ってもらうことなんかも、デジタル技術では肩代わりできない。
河合:対人サービスとして今後しばらくは残っていくでしょう。遠い未来にはこうしたこともロボットがしてくれるようになるかもしれませんが、少なくとも今はできません。それまでの“つなぎ”をどうするか、考えなくてはいけないのです。
予測できない未来に対して、今私たちができること
河合:人口減少社会に対応するためにもう一つ考えておかなければならないことに、地域差があります。人口減少は全国一律に進むわけではないので、どうしても大都市と地方のあいだに時間差が生まれてきます。高齢者がこれから増えるところもあれば、もうすでに高齢者が減っている地域もある。それぞれ抱える課題が違うんですね。
これまで日本は国土の均衡ある発展を目指してきましたが、これからは異なる政策が求められることになります。ビジネスにおいても、オーダーメイド化したようなサービス提供を考えていかなければならない時代に突入したということです。
ハナエ:人口減少社会には問題が山積みなんですね…。
河合:人口減少には終わりがなく、状況の改善はもはや望めません。そのなかで、いかに「しのいでいくか」が重要になってきます。別の言い方をすれば、人口減少問題に取り組んでいくことは、遠い先の世代により良い未来を渡すための各世代の「リレー」なんです。
しかし、それは実際とても難しい。政治家や企業人が現時点のニーズに応えるべく良かれと思ってやったことが、人口減少のスピードが速すぎるがゆえに次の局面ではかえって状況を悪くしてしまうことになりかねない。先ほど例を挙げたように、数年後には逆に「患者不足・医師余り」「生徒不足・教師余り」が起こってしまうわけです。
そのような状況では施策が打ち出しづらい。しかし、できる限りの責任を負ってやっていかなくてはならない。それはデジタル技術の普及においても、同じなんじゃないでしょうか。
ハナエ:予断を許さない状況に、どのように対処していくべきでしょうか?
河合:ひとまずは20年を一区切りにして、段階的に対策していくのがいいでしょう。直近の20年は激増する75歳以上の高齢者への対策が求められます。次の20年は高齢者を含めて人口が減っていく社会への対策が必要となります。
政策ニーズが大きく変化することを織り込み、次の局面に移行後に用途の変更を図れるようにしておくことが重要です。少なくとも40年先のことまで考えて対策を講じていかないと、少し先の社会は今以上に困難な状況に陥ると思いますね。
ハナエ:河合さんは別の場で「どんなにおいしいペットボトル飲料をつくっても、飲む人がそれを開けられなくては意味がない」とおっしゃっていましたが、デジタル通貨がこれからの人口減少社会で役立つためには、どんなに便利なサービスだとしても高齢者が日常生活で使えるものでなければいけませんね。
引き続き次回は、デジタル通貨は人口減少社会にどのように役立つのか、またどんな課題と可能性があるのかということについて河合さんにお聞きしていきたいと思います。