社会を半歩先に進める決済インフラの可能性
システムインフラとして、さまざまな業種業態をかけ合わせられるのが大きな強みであるブロックチェーン。
そんななか、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員の赤星弘樹さんは、社会アジェンダ(課題)の解決にもブロックチェーンやデジタル通貨が大きく貢献できるポテンシャルがあると言います。
実際に赤星さんが携わってきたユースケースを伺いながら、「社会アジェンダ×ブロックチェーン」とデジタル通貨の可能性を展望していきます。
日本文化経済の発展に寄与するNFT
ハナエ:社会に対するアジェンダと組み合わせたブロックチェーンの活用について、例えばどのようなことが挙げられますか?
赤星弘樹(以下、赤星):例えば、日本は少子高齢化が進み、人口が確実に減少していきます。そうなると、物理的に人を集めるのが困難になるので、仮想空間で新しい世界を創るというのも一つの策です。
また、日本が誇る文化経済を発展させるのが日本再興の一つのキーワードだと思いますが、そこにクリエイティブなどの知的財産権(IP:Intellectual Property)をトークン化して新たな経済圏を創り出すことができます。
ハナエ:トークン化するとは?
赤星:トークンは「しるし」「象徴」という意味で、例えば紙幣の場合、デジタル化した際の「お金のしるし」としてデジタルコインとして使えるようになります。このように、ブロックチェーンで従来の動産・不動産だけでなく、さまざまな価値をデジタルトークンにすることができます。
知的財産権のトークン化は昨今「NFT:Non-Fungible Token」と呼ばれ、日本のゲームやエンタメ、優良なIPなどの成長産業を支える重要な技術となり得ます。
時田一広(以下、時田):クリエイターエコノミーは、非常に注目を集めていますね。
赤星:NFTはとてもおもしろい分野で、実はわれわれもNFTマーケットプレイスをつくっています。そこで、俳優の別所哲也さんが代表を務める国際短編映画祭 ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)で映画文化の興隆のための取り組みをされており、この短編映画をNFTとして実装していきます。
ハナエ:映画とブロックチェーンですか…!?
赤星:25年続くアジアを代表するフィルムフェスティバルでは、毎年さまざまなアワードを表彰しています。
毎回5000本以上集まる作品のなかには賞こそ取れなかったけれども、とても価値があるものがたくさんあります。これをデジタル資産化できないかということで、クリエイター支援プラットフォームをつくることにしました。
クリエイターに直接還元されるNFTマーケットプレイス
赤星:プラットフォームにアップロードされたNFT作品は、ブロックチェーンの類似の技術である「IPFS(InterPlanetary File System)」という分散型データベースで安全に管理しています。
「保有権」だけでなく「視聴権」や「上映権」など、権利を多様化することでファンやビジネスの利便性や親近感が上がると思います。クリエイターの方たちは制作過程で資金が必要なので、制作前に権利を付与して資金調達することも考えられます。
ハナエ:収入のタッチポイントが増えることで活動資金が生まれ、新たな作品を作ることができるわけですね。
赤星:そうです。このようなクリエイターの方たちを支援したいという強い想いのもとで始まったマーケットプレイスで、4月27日にベータ版がローンチされ、今月(6月)正式にオープンされました。
時田:最近は、チケットや証明書をNFTにするといった話はどんどん身近になってきていますよね。
赤星:そうですね。本質として、これまではクリエイターの方々が持っている権利が中央に一度集まって、手数料を引かれたうえで販売、二次流通、三次流通するという“クリエイターにお金が戻らない絶対的な構造”がありました。
中央は中央で多くの人々に作品を届ける役目を果たしていたけれども、Web3、NFTを用いることで直接ファンとクリエイターをつなぐ新たな仕組みができるのではないかと考えています。
時田:チケットやアートはコンテンツ販売企業も含めて一次流通しかお金が入ってきませんよね。二次流通以降は昔のダフ屋のようにブラックボックス化するケースも多々あり、値段が高騰して取引されても販売元やアーティストには1円も還元されない。
赤星:それをブロックチェーンを基盤にしたNFTで取引することで、永続的に最初に作った人に収益の何割かが落ちる仕組みがつくれます。そうすることで、彼らを本当のコンテンツオーナーに戻すことができるのです。
その売買の流れを可視化して保護するとともに、収益に変えるといった仕組みがブロックチェーンに期待されています。日本の才能溢れる作品が海外に出るきっかけとなり、日本の文化経済が発展すればいいなという想いで取り組んでいます。
赤星:また、そういった新しい空間には新しい通貨が必要です。今のNFTマーケットのウォレットは暗号資産決済が主流ですが、今後ウォレットの種類は増えると思いますし、これからNFTと知らずにコンテンツを買う人が増えることを考えると、決済もよりシームレスになっていかなくてはなりません。そういった世界にデジタル通貨は相性が良いと思います。
時田:デジタル通貨だとインターネットの中で直接お金を動かすことが事実上できるので、まさに本丸の領域ですね。
CO2削減に寄与する環境価値のトークン化
赤星:環境価値などもトークン化できます。「CO2削減」や「カーボンニュートラル」は全世界の取り組むべき社会アジェンダですが、取引を追跡して見える化するという意味でブロックチェーンが非常に有益です。持続可能なプロジェクトへの投資が促進され、環境問題の解決につなげられると考えられています。
時田:われわれも事務局を務めるデジタル通貨フォーラムの電力取引分科会で、再生可能エネルギーの需給をトレーサビリティでマッチングさせる実証実験を行っています。そこにカーボンクレジットを付けたいというニーズはあり、トークン化技術をうまく活用できる領域だと思います。
赤星:どこで・どのように発電されたかを気にする買い手も増えているので、発電産地の証明書とカーボンクレジットを付けて販売するのは非常に理にかなっていますよね。複数の事業者さんとのデータ交換やそれに基づいた決済取引など、デジタル通貨がうまくマッチするといいと思います。
時田:再エネによる供給は安定しません。例えば太陽光は昼間しか発電できず、風力になると風が吹かないと買えない。しかし、通常の電力取引の枠では多変動な取引に柔軟に対応できません。そこでブロックチェーンを使うと供給と同時に支払うリアルタイム決算や多頻度決済が可能になります。これらをデジタル通貨でできるよう、検証しているところです。
SDGs達成を後押しするブロックチェーン
赤星:このようにブロックチェーンは、これまで社会課題として解決し得なかったところにデータ流通の可視化や耐改ざん性などで活用が進むと思っています。
実際に国連貿易開発会議(UNCTAD)は、SDGs達成に向けてブロックチェーンを有力視し、金融包摂、エネルギーアクセスの向上、生産と消費責任、環境保護、法的アイデンティティの提供・維持、寄付の効率向上、といった6つの活用ドメインを示しています。
そこで、国際協力機構(JICA)さんとアフリカの児童労働問題に取り組むユースケースを行いました。私たちが食べているチョコレートのほとんどがアフリカ産で、多くが児童労働で成り立っていると言われています。
時田:日本にいるわれわれからしたら知らないことが多いですよね。
赤星:おっしゃる通りで、消費大国の日本がそれを知らずにどんどん消費している。しかも安ければ安いものを選んで買うのが当たり前になってしまっている。しかし、ヨーロッパでは、フェアな取引分のプレミアムを上乗せした正当価格で販売するのがスタンダードになっているので、日本のように安いチョコレートってあまり売られていません。
ハナエ:そうなんですね!?
赤星:子どもを働かせないとなるとコストが上がり、相応の価格帯になるわけです。しかし、規制がないと誰もが安いチョコレートを買い求めます。そうなると、児童労働はなくならないというジレンマから抜け出せません。そこで、製菓メーカーに生産者とサプライチェーン自体の透明化が求められるようになりました。
時田:トレーサビリティで可能になりますね。
赤星:まさにですね。このユースケースでは、現地スタッフが協力いただける現地の農園農家さんをまず探して、タブレットで誰がいつ働いていたかの記録を付けてもらいました。
しかし、前回「トラストレス」のお話をしたように、人為的な部分は強く信頼できる誰かを置かなければなりません。そこで私たちは、もう一つの情報を加えることにしました。
児童が通う学校に相談して、出欠情報をブロックチェーンに入れていただき、農家の勤務情報と学校の出欠情報を毎日突合させて、エラーや怪しい結果が出た場合は現地スタッフにアラートがいくという設計にしたのです。
赤星:その結果、ほぼ全ての方々に協力いただけ多くのケースが正常だったのです。
時田:それ自体がものすごい価値ですね。
赤星:はい。当然児童労働を抑止することが目的ですが、正常であることを証明することに価値があるのです。子どもたちに学校に通って学んでもらうことが目標ですから。
時田 :まさに社会アジェンダですね。
ブロックチェーンがつなぐシームレスで良い未来
赤星:また人力での実地検証の一部をブロックチェーンである程度は自動化できることも分かりました。
ハナエ:人の手が入る作業を軽くすることができるわけですね。
赤星:この取り組みに共感いただいて、国内のメーカーでもブロックチェーンのトレーサビリティを活用したサプライチェーンの透明化を図る取り組みを検討されています。いろいろな反響も得ているので、社会アジェンダに向けたブロックチェーンの使い方がさらに増えていけば嬉しいです。
赤星:また、ブロックチェーンを使うと農園に直接お金を支払うこともできます。寄付などもブロックチェーンで透明性が高まると、余計な中間マージンが取られずに届けたい相手に直接送ることができます。
ハナエ:デジタル通貨なら、教育費、生活費につかってほしいといった寄付者の想いを反映することも可能になりますね。
赤星:世の中がブロックチェーンで変わっていった先にある支払いをうまくデジタル通貨でつないでいけると、シームレスで良い未来ができると思います。
社会課題の先には、デジタル通貨の活用は必須
ハナエ:児童労働をチェックするために学校にご協力いただいたように、現実とデジタル世界をつなぐ領域は人為的にならざるを得ない部分もあると思いますが、どのように仕組み設計をされているのですか?
赤星:おっしゃる通り、ブロックチェーンは良い仕組みなのですが、しっかりとシステム設計しなければ単なるデータベースとも言えます。どうインセンティブを配り、どういう関係性のもとでエコノミーをつくるかというのは人間が考えなければいけないところで、重要で難しい部分です。
赤星:JICAさんの例も「児童労働の有無を証明する」というお題のもと、われわれが最適解を突き詰めた結果が学校でした。そういった機能も含めて目的に合わせて適切に関係設計をするのは大切です。
ハナエ:デジタルツールを使っていても、行うのは人間ですものね。
赤星:ブロックチェーンはスマートコントラクトで自動化することで仲介者を排除することがシステム上できますが、そうすると今まで仲介者に便益を払っていた方々も損をすることが多くなる。その時に何を残すのか、トークンなどのインセンティブはどう分配するのか、などもそうです。
ですから、ブロックチェーンやデジタル通貨のインフラを敷きましたでとどまるのではなく、ユースケースを取りまとめ、社会にとってベストな方法で埋め込んでいくというプロセスはどうしても残ると思います。
時田:まさにそこがうまくできるかどうか。社会アジェンダに当てるというのは、正直、チャレンジです。ただ同時にそこに未来が開けると感じました。
赤星:社会課題の先には、デジタル通貨の活用というのは必須だと思います。
時田:社会課題に貢献できる決済インフラになるべく、われわれも開発に取り組んでいきたいと思います。本日は貴重なお話、ありがとうございました。
- 編集後記 -
赤星さんのお話で印象的だったのは、児童労働で作られたチョコは価格競争力があるので売れる。商品には児童労働で作られたなんて記載されてないから消費者はお得だと思って購入してしまう。だから児童労働はなくならない。それをブロックチェーンのトレーサビリティを活用してどこで、誰によって、どうやって商品がつくられたのか透明性が持てます。
そうなったら、私は高くてもいいから児童労働で作られていないチョコを選びます。この透明性は募金にも活かせます。
コンビニの横にある募金箱や団体などに募金をしても、そのあとは誰に、どうやって、どのくらい自分のお金が渡ったのかは明確に分かりません。
トレーサビリティに加えて、デジタル通貨の特性の一つである使途制限を使えば、例えばある施設の子どもに教材費と食材費としてつかえるように指定できるようになります。
実際に誰のために?書籍や食料をいくら購入したのか?仲介で入っているNPOなどのボランディア団体の経費にいくら払われたのか?といったところまで見えると貢献した実感が強く持てるようになるだろうなと思ったりします。