ブロックチェーンのポテンシャルを最大化する有望成長領域とは?
ブロックチェーンの黎明期から動向をウォッチし、高いポテンシャルに対して先駆的な取り組みをしてきたデロイト トーマツ コンサルティング合同会社(DTC)執行役員の赤星弘樹さん。
当初、企業の反応は芳しくなかったが、ここ数年で「今後、デジタル通貨のようなデジタルアセットがメジャーになっていく可能性がある」と認識が急激に変化してきているということでした。
でもいったい、どのような分野でそのポテンシャルを最大化させることができるのでしょうか?
具体的なユースケースなどとともに、ブロックチェーンの可能性についてさらに聞いていきます。
ブロックチェーンは、安心安全で追跡可能なデータベース
時田一広(以下、時田):ブロックチェーンはどのような産業に広がっていくと考えられますか?
赤星:あらゆる産業で可能性があると思います。今は、非連続的で先が見通せない「VUCA」の時代とよく言われているように、ビジネスや社会の課題は複雑性を増していて、一部署や一企業の努力だけでは解決できません。
そこで、前回お話したエンベデッドファイナンスのように、企業間・業界業種間の壁を越えて取り組むことが重要です。そのなかで、異業種間の相互やり取りを技術的に可能にする「イネイブラー」のポテンシャルがもっとも高いのがブロックチェーンです。
ハナエ:ブロックチェーンは大きな可能性を秘めているということですが、その理由や特徴は何なのでしょうか?
赤星:まず、透明性と信頼性です。ブロックチェーンは、ネットワーク上にブロックごとに取引データを保存する分散型データベース(台帳)です。
“追記専用のデータベース”と言われており、一度保存した情報を改ざんするのは非常に困難です。また、いわゆるパブリック型と呼ばれるブロックチェーンは誰もが参加可能なネットワーク上にデータを保存するため、誰でも情報を閲覧できます。そのため、取引履歴やデータの透明性と信頼性は高いと言えます。
そして、全ての取引が格納されているので、ブロックの保存データをたどることで取引履歴を遡ることができます。そのため、情報を追跡することが可能です。これまで情報はサービスを提供する一事業者に閉じていたように思います。ブロックチェーンはこれを複数で共有することで、新たにサービス創出する機会となります。
時田:取引の履歴を遡ることをトレーサビリティとも言いますが、取引をより細かく記録して、起きた過程を順番にたどることで今までにないサービスを提供することが可能になります。
例えば電気代!発電には火力や原子力、太陽光や風力などの再生可能エネルギーがあります。トレーサビリティにより再生可能エネルギーを指定したり、使用する側も今は一戸ごとにしか計測してないものを部屋ごと計れるようにして、支払いを分割することも可能にすることもできると思っています。
赤星 :各部屋の電気利用料まで細かく計算できるようになるんですね。
時田:若い人はサステナビリティへの関心が高いので「僕の部屋は再生可能エネルギーにして」とか言われる時代が来るかも(笑)。
赤星:そういった個別に条件を決めて決済する部分は、ブロックチェーンでも契約を自動で実行する「スマートコントラクト」が担いますよね。
プログラマブルな契約とも言われますが、例えば入ってきたお金のいくらかは毎月の固定の支払いに充てる分としてロックをかけたり、生活費に割り当てたお金は関連商品にしか使えなくできたりなど、使途に制御がかけられるわけです。
ハナエ:毎月の引き落としをうっかり忘れることもなくなりますね。
赤星:なかなかブロックチェーンの使い道が少ないと言われますけど、今みたいなアイデアだと用途がありますね。
トラストレスな自動取引が可能に
赤星:ブロックチェーンは出生/死亡・土地登記など公共サービスの記録にも期待できます。これらを応用すると、例えば相続手続きといった複雑な問題にも寄与できると思っています。一つひとつ口座を人の手で開けて、残金を集めて分配すると、一つ間違えるとトラブルも起きてしまう。そこで、スマートコントラクトで事前にお金の流れを決めて自動分配されるようになるとだいぶ負担が減るんじゃないかと思います。
誰かがそこを担わなければいけないとなると、コストや手間が発生したり、「仲介」という仕組みができ上がったりします。これを「トラスト」と呼びますが、ブロックチェーンはこのトラストを介さずに直接やり取りができるので「トラストレス」とよく言われます。新しい技術を使うことで、これまでできなかったことを実現するのが大事だと思います。
時田:まさに、トラストレスはブロックチェーンの提供価値の一つです。仲介者をなくす手段として語られますが、一方で私たちは既存のビジネスモデルはそのままで、仲介者を含めて複数の参加者間が同時に決済できる「トレード決済」をデザインしています。
例えば、不動産取引では、借主が仲介者である不動産管理会社に家賃を支払い、不動産管理会社は手数料を引いて貸主に支払います。現在はこれを月単位で決められた日に行うことになっています。
しかし、ブロックチェーンとスマートコントラクトを使えば借主の給与日に仲介者への手数料と、それを引いた賃料が貸主に同時に送金され、3者の決済が一度で完了する、なんてことが可能になります。
多頻度決済、マイクロペイメントで増える少額手数料のニーズ
赤星:トラストレスかつ自動に取引が行われるようになると、多頻度決済が加速していきます。エンベデッドファイナンスのような他事業者とのやり取りが盛んになってくるとなおさらです。
また、取引額というのは年々、少額になっています。当初、クレジットカード決済に購入最低金額を設けていた店舗が多かったです。
時田:数百円の支払いにクレジットカードを使うのは抵抗がありますね。
赤星:そうですよね。しかし最近では、クレジットカードだけでなくスマホ決済などでも、少額決済が進んでいます。
赤星:またIoT(Internet of Things)でモノとインターネットがシームレスにつながってくると、センサーがいろいろなところに張り巡らされて、サービスを受けた瞬間に課金されるというようなことが頻繁に起きてきます。
少額決済が頻繁に起きてくると、手数料が問題となります。例えば、50円の決済に10円の手数料ではビジネスとして成り立たないわけです。しかし、ブロックチェーンやデジタル通貨だったら柔軟に設定できます。
異業種の事業に金融を完全に溶け込ませようとすると、そういったサービスに付随する決済が重要になってきます。
時田:機械同士がネットワーク上で直接情報をやり取りするMachine to Machine(M2M)のようなデジタルネイティブなサービスでは複数の参加者がさまざまなサービスを同時に提供する可能性があり、都度発生するサービス料金を即時で決済することが必要になるということですか?
赤星:M2Mの決済にデジタル通貨というのは非常に相性がいいですよね。こういった新しい決済のために銀行システムを変更するには大掛かりな作業をともないますが、デジタル通貨のスマートコントラクト機能を活用すれば複数の相手先に高頻度な即時決済でも可能ですね。
ヘルスケア×保険で取り組む、宮古島市の健康対策
赤星:ブロックチェーンは、業界×業界のクロスがかけられるところが特徴としてあって、私たちも沖縄の宮古島市でヘルスケア×保険という組み合わせのユースケースを行いました。
沖縄県は生活習慣病で亡くなる方の数が全国でも1位、2位を争うほど高く、その中でも宮古島市はメタボリックシンドローム、肥満、高血圧などで県内ワーストです。
そこで、宮古島市の市長さんなどともお話して、皆さんに健康になってほしいという想いのもと、保険会社さんとともに対策を講じることにしました。これまでも飲み過ぎを抑制する健康カードなどの施策はありましたが、皆さんなかなか意識が向かない。
そこで、ブロックチェーンに健康情報を記録して安心安全に管理するプラットフォームを開発しました。「パニパニ宮古島」という宮古島健康増進アプリで、毎日の歩数・体重・睡眠時間などを測定し、健康の見える化を試みました。
赤星:1週間で8000歩等、一定の指標を設けて、インセンティブとして3日間続けた方にクーポンをプレゼントしました。
それから、ゲーミフィケーションの要素も取り入れました。グループをいくつかつくって、歩数の合計数を公表してランキングを付けました。すると、地域全体で健康になろうという想いが強くなって、皆さんより行動されたのです。
ハナエ:住人の方の健康のためにさまざまな工夫がされているのですね。病院との連携を進める場合、活動記録の信頼性が課題になると思います。
赤星:ヘルスケア領域の課題として、カルテ情報など医療記録を他病院と共有するのは規制上ハードルは高いです。しかし、これが徐々に緩和されていく場合、ブロックチェーンに地域の人たちの健康に関する行動情報が保存されていれば、この患者さんは健康のために良い行動をしている、ここは改善の余地があるなど患者さんへアドバイスする指標となります。
また、そういった行動情報を基に病気になった経緯をある程度特定できるようになれば、保険の審査や手続きも円滑にいく可能性もあります。
ハナエ:病気になった大変な時ほど、1日でも早く保険料が振り込まれたらありがいたいですよね。
赤星:そうですよね。ですから、保険会社としてもより迅速な対応ができるのではないかと期待されています。
生産×物流の課題とブロックチェーンの新たなポテンシャル
赤星:もう一つのユースケースは、生産×物流です。商流・物流・金流のサプライチェーンを一体的に管理することができれば、消費者から見てサプライチェーンの上流のどこでどういう生産がされたのか等の情報が見えるようになり、安心安全で、取引も効率化します。またここに金流が加わり、資金の早期化などが可能になるかもしれません。
時田:サプライチェーンは商品の取引にメーカーや卸など参加者が多く市場も大きいため全体を捉えるのが難しい。またそれぞれの業務の手続きや決済も煩雑で、その後の売掛金(債権)や買掛金(債務)の消込作業は難解です。
時田:消込作業って職人技かと思うぐらい複雑なんですね。例えばメーカーがネジを1万本納入した場合に購入した側は箱単位で確認して100個になるようなケースを消込む作業をしなければいけない。
その後に請求書発行と支払いを行い、その結果を会計システムに連携させます。かなりアナログな作業です。デジタル通貨が役に立てると思いつつも、現場で行われている職人技のような複雑な作業を理解するのは大変でした。
赤星:一つに、業界固有の不便さみたいなところがすごく問題だと思います。前回のフィンテックの話でも触れましたが、BtoCのキャッシュレスはかなり便利なってきていて、最近はBtoBの決済領域に移ってきています。
そのなかで、「SaaS(Software as a Service)+フィンテック」といった言い方もされていますが、いかに決済と同時に消込作業を行うか、フィンテックだけでは解決できない課題もあります。米国では一足先にBtoB領域のフィンテックプレイヤーが躍進しつつあります。日本も今後、本格的なデジタル化に向けて動くのではないかと思います。
赤星:もう一つの側面は、社会的にサプライチェーンの透明化がますます求められている点です。原産地や余計なプロセスが入っていないかなど、サプライチェーンを証明しなければならないという社会的責任も強くなってきています。カーボンフットプリントの計算もそうです。
時田:われわれも事務局を務めるデジタル通貨フォーラムで100社以上の企業の方々にいろいろなユースケースを検討いただいていますが、デジタル通貨がフィットする業界や市場、ユースケースを日々模索中です。社会アジェンダ(課題)というのは、一つのフックになり得ますか?
赤星:若い方々の関心も高まっていますし、今の時代の流れから考えてもそうだと思います。日本は人口減少社会で苦しんでいますが、そのなかでどう再興していくのか。こういったテーマの組み合わせで、うまくデジタル通貨がハマるといいと思います。
ハナエ:社会アジェンダに当てたデジタル通貨の可能性をぜひ考えていきたいです。そこで次回は「社会課題×デジタル通貨」というテーマで引き続きお話しを聞いていきたいと思います。