環境価値ってどんな「価値」?
こんにちは。
「DE BEYOND」編集部です。
今回のテーマは、ずばり「環境価値」。
脱炭素への取り組みが世界的にも高まっているなか、電力・エネルギー関係の事業に長く携わってこられ、ディーカレットDCPに今年6月に入社された田子大作さんに解説していただきます!
環境価値とは何なのか、どうやって取引されているのか、そして、ブロックチェーンがどう活躍するのか?じっくり深掘りして聞いていきたいと思います。
——田子さん、こんにちは。まずは田子さんの経歴から教えてください。ディーカレットに入社する以前はどういった仕事をされていたのですか?
田子大作(以下、田子):これまで国が行うさまざまな補助金事業の支援を多く担当してきました。そのなかで、省エネや蓄電池を扱う補助金、バーチャルパワープラント*1 やデマンドレスポンス*2 の実証を行う事業も担当したことがあります。
環境価値が注目される理由
——ここ1、2年、ニュースやウェブメディアで「カーボンクレジット」や「カーボンプライシング」といったキーワードを目にする機会が増えたような気がします。環境価値が注目されるのには、改めてどういった理由や背景があるのですか?
田子:まず、技術の進歩によって再生可能エネルギーの低コスト化が進み、環境負荷の低減が事業者の利益になるようになってきたことが大きいと思います。
十数年前まで、企業がグリーン電力を使ったり、環境対策を行ったりするというのは主にCSR(企業の社会的責任)の活動でした。「環境負荷の高い火力等の電力を使うのは良くない」という認識こそ広まっていたものの、その時点ではまだ再生可能エネルギーのコストは高く、費用対効果を考えると企業はなかなか利用しにくいのが実情でした。
それが技術革新が進んだことと、国のFIT制度等の支援によって導入量が拡大したことで、通常の火力等の電力より再生可能エネルギーの電力の方が割安という状況になってきたんです。
——環境に配慮することが企業の利益に結び付くようになったと。
田子:はい。「環境対策をした方がコスト削減につながる」だけではなく、企業イメージ・企業価値も向上するという状況になったことで、企業へ投資する側や、企業の商品やサービスを買う側も環境価値へ目を向けるようになったという認識です。
値段がそう変わらないのであれば、ほとんどの人は環境に配慮された電力を使い、環境負荷の少ない商品やサービスを利用しますよね。実際にそういった意識が広まってきていると思います。
環境価値とグリーントランスフォーメーション(GX)
——環境価値についてさらに詳しく教えていただけますか?
田子:環境価値はひと言でいえば「エネルギーの付加価値」ですね。大きく分けると二つに分類され、再生可能エネルギー等により二酸化炭素(CO2)を排出せずにつくられるエネルギーの付加価値と、省エネルギーや森林保護等のCO2排出抑制プロジェクトから発生する付加価値があります。
少し難しい話になるかもしれませんが…例えば、1kWh(キロワットアワー)という量の電力があったとします。この電力は、それが原子力で発電されたものであっても、火力で発電されたものであったとしても、1kWhという電力としての価値は変わりません。
それに対して太陽光などの再生可能エネルギーで発電された電力には、「発電の過程でCO2の排出量が抑えられている」という価値があります。これがエネルギーの価値とは別の、付加価値としての環境価値ですね。
——なるほど。では、環境価値と、グリーントランスフォーメーション(GX)、カーボンクレジットとはどういった関係があるのですか?
田子:GXは化石燃料を使わず、温室効果ガス(GHG)の排出量を減らしてクリーンな社会を実現する取り組み全般を指す言葉です。GXという大きな取り組み、大きな流れのなかに、電力の環境価値や、CO2の削減量・吸収量をオフセット(相殺)するJ-クレジット、企業間の排出枠の取引を行う排出権取引という仕組みがあります。
再生可能エネルギーに切り替えるなど自らの活動範囲内でCO2排出量を抑制・削減する「グロスの排出量(総排出量)」と、植林でCO2の吸収を促したり、他社が行った排出量削減分をクレジット化してオフセットするなど、自らの活動範囲外で排出量を削減する「ネットの排出量(正味の排出量)」があります。これらを組み合わせて、GHGの実質排出量をゼロにするというのが「カーボンニュートラル」の考え方です。
環境価値のライフサイクル
——環境価値はどうやって購入するのですか?
田子:基本的に環境価値が証明されているグリーン電力を電力と環境価値のセットで購入するか、取引市場等で環境価値のみを購入するかの2通りです。環境価値はカタチが見えないものなので、誰かが価値を証明しなければいけません。この証明はグリーン電力証書や非化石証書といった証明書が認証機関等から発行されます。
電力と環境価値がセットになっているグリーン電力を事業や製品開発に使うか、電力は通常の電力を利用し、同量の環境価値のみを購入することによって、購入した人や企業自身が環境に貢献しているという価値を得られるというわけです。
——電力とセットで購入された環境価値はその後どうなるのでしょう?
田子:環境価値の種類によっては転売することもできますが、当該企業の事業や製品開発に利用された時点で、環境価値としては償却され、当該企業のGHG排出量の報告書内に記載されます。また、当年度に入手した環境価値を翌年度以降に利用するといったことはできず、基本的には1年以内に利用する必要があります。
——環境価値に期限があるというのは初めて知りました。なぜ有限なのですか?
田子:5年前、10年前に発電したグリーン電力をずっと使い続けることはできないので、電力に紐付く環境価値にも基本1年という有効期限が決められているんです。有効期限内に国に対して「〇〇kWhの環境価値を購入・利用しました」という報告をしたら、その時点で環境価値は償却されます。
ちなみに報告をせず、期限が過ぎても環境価値を持ち続けることはできますが、期限が過ぎると環境価値そのものが消えるので、購入したグリーン電力が蓄電池などに残っていたとしても、現時点ではそれは環境価値と紐付いていないただの電力ということになります。
取引に使われる3種類のクレジット
——最近たびたび目にするようになった「カーボンプライシング」というキーワードは、この環境価値の取引を指す言葉ですか?
田子:カーボンプライシングは名前のとおり、CO2の排出量に価格を付けるという概念です。環境価値の取引はそのうちの一つですね。
そのほか、企業が出したCO2に対して課税する炭素税や、CO2排出量の制限基準を設け、基準を上回った企業と下回った企業の間で排出量を取引する制度もカーボンプライシングに含まれます。
一方、日本国内の環境価値の取引には、現在、グリーン電力証書、非化石証書、J-クレジットという3種類のクレジットが使われています。
——それぞれ詳しく教えてください。
田子:グリーン電力証書が一番イメージしやすいかもしれません。先ほどお話したとおり、再生可能エネルギーによって発電された電力の価値を証明し、電力とセットで取引されるのがグリーン電力証書です。
非化石証書は再生可能エネルギーを電力としての価値と環境価値に分けて電力とは切り離し、環境価値だけを証書化して取引するという点でグリーン電力証書とは異なります。
例えば、ある企業が火力発電された100万kWhの電力をオフィスや工場で使っている場合、この企業は環境に負荷をかけてしまっていますよね。でも、この企業が再生可能エネルギーによって発電された電力の非化石証書を購入すれば、その電力量の分だけCO2の排出削減に貢献しているということになるわけです。
つまり、非化石証書を購入することによって、CO2排出量がオフセットされるのです。これがいわゆる「カーボン・オフセット」と言われているものになります。
——非化石証書にはFITと非FITの2種類があると聞きましたが、この二つの違いは何でしょう?
田子:FITとは「Feed-in Tariff」の略で、もともと2012年に始まった再生可能エネルギー由来電力の固定価格買取制度のことです。
例えば家庭用ソーラーパネルで発電された電力は、発電から10年の間、一定の価格で電力会社が買い取らなければいけません。この買取制度で取引される電力の環境価値部分のみを証明するのがFIT非化石証書です。
一方の非FIT非化石証書は、固定価格買取制度の対象から外れた電力の環境価値を証明する証書です。太陽光、風力等の再生可能エネルギーの非化石電源からの環境価値を示す「非FIT非化石証書(再エネ指定あり)」と、原子力など再生可能エネルギーではない非化石電源から発電された電力の環境価値を示す「非FIT非化石証書(再エネ指定なし)」の2種類に分けられます。
——もう一つのクレジットであるJ-クレジットというのは?
J-クレジットはグリーン電力証書、非化石証書とは違い、環境に対する取り組みを促すための制度です。企業が省エネ機器を導入したり、植林プロジェクトなどを実施したりした際に、CO2の排出削減量と吸収量に見合ったクレジットが発行されます。
発行されたクレジットは売ることができるので、省エネ機器や森林管理にかかるコストを抑えられますし、購入する側としても環境に貢献できるというメリットがあります。
CO2排出量を取引するキャップ・アンド・トレード制度
——ここまで環境価値のライフサイクルや取引の仕組みついて教えていただきましたが、環境価値の取引は、グリーン電力証書や非化石証書といったクレジット以外でも行われているのですか?
田子:取引形態はいくつかありますが、最近注目されている制度の一つにキャップ・アンド・トレード(排出量取引制度)というものがあります。これは、企業に対してCO2排出量の上限(キャップ)を設け、余剰量と不足量を取引(トレード)する制度です。
例えば、100万kWhというCO2排出量のキャップに対して、A社が110万kWhを排出、B社が90万kWhを排出したとします。この場合、A社はB社から10万kWhの排出枠を買い取らなければいけません。
——CO2の排出量を抑えたエコな企業ほど得をするわけですね。
田子:おっしゃる通りです。日本国内で企業に対してキャップ・アンド・トレードを義務化している自治体は今のところ東京都と埼玉県だけですが、GXリーグ*3 での自主的な取り組みも始まっているので、今後はどんどん広まっていくと思います。
——次回は環境価値や排出量取引にどんな課題があるのか、ブロックチェーンでどう解決できるのかお伺いしていきます。