「65年前のアメリカ」に学ぶ、デジタル通貨を普及させるヒント
前回に引き続き、auフィナンシャルホールディングス代表取締役社長の勝木朋彦さんとお話ししていきます。
テーマは「新しい決済システムの普及には何が必要か?」
ものごとには何でも「始まり」がありますが、皆さんはクレジットカードの始まりを知っていますか?
私たちが当たり前のように使っているクレジットカードの歴史を紐解くと、デジタル通貨が普及する未来が見えてくるかも!
勝木社長が教えてくれた、クレジットカードのオリジン
時田一広(以下、時田):勝木さんからみて「デジタル通貨が有効なのではないか」と思えるシーンってありますか?
勝木朋彦(以下、勝木):これからの決済がどうなっていくのかについては常々考えているんですよ。日常生活のなかで BtoC のシンプルな取引をするときって、もうほとんどがクレジットカード決済になっていますよね。
交通系電子マネー決済やQRコード決済が普及したとはいえ、やはり全世界的にみてもっとも普及しているのはクレジットカード決済です。VISAやMastercardは本当にすごい仕組みをつくり上げたなと思うんです。
時田:本当にそうですね。
勝木:デジタル通貨を考える時も、私はクレジットカードの先例から学ぶ「温故知新」的な態度が必要だと思っています。つまり、歴史を紐解くことで、この先どうなるのか見えてくることがある。
ハナエ:クレジットカードは何がそんなにすごかったんでしょうか?
勝木:1958年9月に遡るんですが、アメリカ・カリフォルニア州のフレズノ市に住んでいる人々の家庭に、バンク・オブ・アメリカという銀行がある「カード」を市民にバラ撒いたんですよ。もちろん、フレズノの人々はポストに投函されていたカードが何なのか全くわからない。
封を開けると16桁の数字が書かれたカードの他に手紙が入っていて、そこには「このカードを使って街で買い物をしよう」というメッセージとともにある特典が付いていたんです。何かわかりますか?
ハナエ:なかなか思いつかないですね…。
勝木:「今日買い物しても、お支払いは翌月末」という特典です。それは、65年間一度も変わっていません。
ハナエ:なるほど、それがクレジットカードの始まりなんですね。
勝木:そうです。さらにリボルビングや滞納がなければ、金利手数料はゼロ。バンク・オブ・アメリカは、このシステムに加盟するお店を募っていったんです。ハンバーガーショップやレストラン、バーなんかを周って「このカードを出されたら、現金を領収していなくても代金が支払われたことにしてほしい。後日銀行が代金を振り込みする」と言うわけです。
ハナエ:お店側は何が何だかわからなかったでしょうね。
勝木:お店側はエンボス文字を転写した複写伝票を提出すれば、その代金をバンク・オブ・アメリカから振り込んでもらえました。そしてバンク・オブ・アメリカは翌月、お店に支払った額と同額のお金をカード利用者の口座から引き落とすわけです。
クレジットカードが「ディール」したものとは?
勝木:いまや世界を覆っているクレジットカードの仕組みは「キャッシュレス決済」そのものです。カード利用者に信用供与して、現金を持っていなくても買い物や飲食を可能にした。これが全米に「消費の加速」をもたらしました。
時田:先立つものはカード1枚。それが大衆消費に火をつけたと。
勝木:はい。その後、全米の銀行が相互に連携してネットワークを作り上げました。それが現在のVISAであり、Mastercardになったというわけなんです。
ようやく最初の質問に戻りますが、新しい決済システムの普及には、お客さまも加盟店も喜ぶ「インセンティブ」が必要だということなんです。
新しい金融領域とデジタル通貨のシナジー
勝木:全世界をテリトリーにしたこの「クレジットカード帝国」を突き崩す存在は、いまだかつて現れていません。しかし、クレジットカードがそうであったように、デジタル通貨を使う側にとってインセンティブがあれば、新商品やサービスを市場に普及させる際に発生する溝である「キャズム」を超えられる可能性は十分にあると思います。
時田:どんな領域が有望だと思われますか?
勝木:最近では、クラウドファウンディングやクラウドレンディングといった、CtoCでお金を貸す仕組みがありますが、ここでデジタル通貨を使うのは一つ有効だと思います。
コロナ禍で経営が悪化した中小企業は少なくありません。彼らが本格的に事業の再起に乗り出すにあたり、そのための資金需要があると良いと考えています。クラウドレンディングは、企業を資金提供によって応援したい人たちがインターネット上で小口投資を行う仕組みで、私も最近関心を持っています。
ハナエ:デジタル通貨はクラウドレンディングにも役立つんですか?
勝木:インターネット上で資金の借り手と貸し手をマッチングするクラウドレンディングプラットフォームにおいては、現状、融資資金と分配金は法定通貨で行われています。これのやり取りを法定通貨からデジタル通貨に移行できれば、資金の使途が透明化され、融資業務の効率アップが図れるのではないかと考えています。
クラウドレンディングだけでなく、クラウドファンディングの仕組みでも商品・サービスに投資した資産は基本的には利用者とプラットフォーム運営者とのやり取りで、流動性が低いです。STO(Security Token Offering:デジタル有価証券による資金調達の手法)を活用することにより、今後、取引市場が整備されてくると、こうした商品・サービスへ投資した資産の流動性が高まり、より存在感を増してくるのではないでしょうか。
時田:デジタルトークン化は、アセットの流動性を拡大させる可能性があるわけですね。
勝木:また、現在の上場株式の取引では、売り手と買い手が証券会社を通じて、証券取引所で取引をマッチングした後、証券保管振替機構などの関連組織が証券の受け渡しと資金の決済をして取引が完了します。
ST(Security Token:デジタル証券)の取引では、STプラットフォームで電子帳簿の書き換え(財産的価値の移転)と権利の移転も行われるため、証券保管振替機構のような組織がなくても安全に取引を完了することができます。これによって取引全体のコスト低下が期待されますから、クラウドレンディングにマッチすると思いますね。
あるいは、現在証券取引の多くは平日に行われていますが、STプラットフォーム上の取引が将来的に時間の制限をなくすとしたら、取引時間・取引量の拡大もあり得ると思います。
ハナエ:証券取引もデジタル化することで、新たな経済圏が広がっていきそうですね。
勝木:また日本ではまだ耳馴染みのない言葉ですが、ソーシャルレンディングなどの少額融資が社会貢献につながるケースも出てきています。
ハナエ:ソーシャルレンディング?初めて聞いた言葉です。次回はその辺りから詳しくお聞きしながら、デジタル通貨によってどのような社会貢献ができるのか、勝木さんと考えていきたいと思います。