本当のイノベーションとは?普及の「入り口」とその先に用意されるべき新しいUX
こんにちは。「デジタル決済の未来をツクル」ディーカレットDCPのハナエです。
Takramのデザインエンジニア・緒方壽人さんをお招きし、デザイン、クリエイティブとデジタル通貨の関係を探る本シリーズ。前回は緒方さんがこれまで手がけてきたプロジェクトや、Web3におけるデザインの役割についてお伺いしました。
今回はそれに引き続き、プロトタイプをつくることにあらためてどんな意義があるのか、本当のイノベーションとはどういったものなのか、深掘りしていきます。
プロトタイプによる発見。カタチにすることで見えるもの
時田一広(以下、時田):前回、メタバースショッピングモール「Metapa(メタパ)」のプロトタイプのお話をうかがいました。あらためてプロトタイプをつくることの意味を整理すると、言葉で伝えることと具体的にカタチにすることの違い、口で説明するとこうなるが実際にはこうなるというところを、合わせていくということになるのでしょうか?
緒方壽人(以下、緒方):そうですね。メタバースショッピングモールはバーチャルな空間ではありますが、ただバーチャルな空間だけがあればいいわけではありません。友だちと一緒に買い物を楽しんだり、店の人とコミュニケーションできたりといった体験価値がないと、ただWebサイトを3Dにして、3Dの商品を置いただけになってしまいます。
そこで、そういう体験価値が必要だという仮説を立てたら、それを実際に体験できるものとしてカタチにしたのがプロトタイプということですね。
「Metapa」では、さまざまなガジェットを取り扱う「b8ta」(ベータ)という体験型ストアをメタバース上に再現し、ユーザーテストでは実際にストアの店員の方にも入ってもらいました。ユーザーは友人・知人と一緒にリモートでアクセスし、店員に話しかけて商品のことを聞いたりすることができます。
さらに詳しく商品を見たい場合は画面がカメラに切り替わり、実際に店舗に置いてある商品をチェックしながら買い物できます。
時田:まさにリアルとバーチャルをつなぐということですね。
緒方:その他にもファミレスにあるようなロボットを導入して遠隔操作できるようにしたり、いろいろ試したのですが、いろいろ試すとやはり発見があるんです。
たとえば、リアルの店舗で店員さんに話しかけるのは、意外とハードルが高かったりします。でも、バーチャルではそのハードルが下がる。ユーザーテストもやってみても、リアルに比べて気兼ねなく話かけられる傾向がありました。まずはアバター同士の会話で接点を持たせ、そこからリアルにつないでいくとコミュニケーションが生まれやすいわけです。
仮説があったらまずはつくってみて、数人規模でもいいので実際に試してみると、いろいろなことがわかりますし、体験価値、つまり、サービスやプロダクトのコアな部分が何なのかということが見えてきます。
発明+普及=イノベーション。普及のための入り口とは?
時田:デジタル通貨の場合、われわれが提供している預金型にしても、ステーブルコインにしても、もともと銀行の「通帳」という概念が根強いので、通帳のインターフェースから抜け出せないようなところがあります。近いところでネットバンキングのアプリを見比べても、それぞれの特色を見つけにくいというか。
緒方:それはたしかにあると思います。グッドデザイン賞の審査で、ここ数年、毎年300個くらいのアプリを審査してきました。そのなかに銀行のアプリもたくさん出てくるのですが、年々違いがわかりにくくなっています。
時田:それはやはり通帳というものが前提に、業務設計のベースにあり、銀行のアプリの多くはそれを置き換えたUIになっているからなのかなと。
緒方:そうですね。ただその一方で、既存のものを置き換えるというのは、入り口として必要なのかもしれないとも思います。というのは、「イノベーションの定義」というのがあって、ざっくり言うと、「発明」と「普及」が両方揃って初めてイノベーションになるんです。ただ新しいものを生み出すだけではイノベーションとは言えません。その意味では、メタバースやVRもまだまだその試行錯誤をしている段階で普及しているとは言えません。
そこで、生み出したものを普及させていくために、デザインの力やいろいろな工夫が必要になるのですが、これまでなかったもの、新しいものは掴みどころがなく、何に使えるのか、どんな価値があるのか伝わりにくいんですよね。
だから、これまでにないプロダクトやサービスを提供する側としては、そのビジョンや体験価値をしっかり描きつつ、普及に向けた入り口として、いまある何かを置き換えるところからスタートするのも必要なのかなと。
時田:そうですね。確かにそれは必要だと思います。でも、入り口としては必要だけれども、その先で違う体験にしていかないといけないですよね。
私は1995年にIIJ(株式会社インターネットイニシアティブ)に入社し、90年代後半のインターネットの変遷を体験したのですが、当時はインターネットに対して「怪しい」「危ない」といったネガティブな見方をする人が少なくありませんでした。
そうしたなかAmazonというビジネスモデルが生まれ、多くの消費者に支持されました。Amazonは本を売るという点では従来の書店と変わらないわけですが、一般的な書店には置いていない世界中の珍しい本を探せますし、わざわざ書店に足を運ばなくても選んだ本がすぐ届きます。そういった体験がイノベーションになったのだと思います。
書籍販売というマーケットはインターネット以前から既にあって、Amazonはそのマーケットに違うカタチ、違う体験ができるサービスを提供したんですね。
緒方:「本を買う」「モノを買う」ということは誰でもわかる身近なことで、そういう入り口が必要だということですね。購入というわかりやすい入り口から入った先に、明らかに違う体験価値、ステップがきちんと用意されているというのが大切なのだと思います。
デジタル通貨の体験価値が最初に伝わるのは?
緒方:いまの時田さんのお話をうかがい、AIも同じようなところがあるのかなと感じました。インターネットのプロバイダーと同じように、これからインフラとしてのAIそのものをつくることだけで勝負しようとすると、かなり難しくなっていくかなと。
時田:プロバイダーの役割は、電車でいえば線路をつくるのと同じですよね。電車が安全に運行できるようにするのはもちろん大切ですが、路線の利用者を増やし、沿線エリアを賑わせるには店舗の出店や不動産開発が必要で、インターネットではこれまでAmazonや楽天がそうした役割を担ってきました。AIもいま同じような段階にあると思います。
緒方:そうですよね。技術的にはAIがなくても可能ではあるけれど、AIがあることではじめてコストに見合うリターンが得られる、そういうポイントをつくるように設計していかなければならないと思います。技術的にAIでなければできないことを探し始めると、たぶんうまくいかないかなと。
時田:いまはまだ、日々の生活や仕事やわれわれがしていることを、AIが代わりに自動でやってくれるというところまではいっていないですね。
緒方:おそらくこれからAIがいろんなところへ入ってはいくと思いますし、デジタル通貨やブロックチェーンも同じように進化していくのかもしれません。
時田:そこであらためて考えるとまず、デジタル通貨はリアルタイムに決済・送金ができる、デジタル上でお金のやりとりができるというのは、みんな何となく理解できるはずです。
緒方:でも、その一方、いまAmazonで買い物をすると裏側で手数料が発生し、それを販売者側が負担しているというのは、買い物する側にはほとんど知られていません。だから、デジタル通貨によって裏側のコストがゼロになっても、少なくとも1人のユーザーの買い物体験としてはこれまでとの違いを実感しにくい、価値に気づきにくい部分があるのかなという気はします。
時田:たしかにこれまでの取引決済は、裏側の仕組みが見えないですからね。
緒方:だとすれば、先ほど話した「入り口」として、デジタル通貨やブロックチェーンの価値をまず実感しやすいのは、いま手数料を負担している人たちなのかなと。自分で商売をしている人には、コストの負担がなくなることの価値がダイレクトに伝わります。そこにフォーカスするのも面白い発想かなと思いました。
逆に言えば、いまは大多数の人が商売をやっているわけではないので、手数料の存在や裏側のシステム、価値交換に対してかかっているコストに気づきにくい。多くの人が自らビジネスを立ち上げ、買う側から売る側になると、デジタル通貨やブロックチェーンの価値が伝わり、波及していくということもあるのかなと思います。
ー次回は2021年に長野県に移住した緒方さんのご経験もふまえ、デジタル通貨やブロックチェーンの可能性を探っていきます。