キュレーターに学ぶブロックチェーンとアートの関係 アートの視点からデジタル通貨を考える
こんにちは。
「デジタル決済の未来をツクル」ディーカレットDCPのハナエです。
今回のクロストークのお相手は、編集者・キュレーターの塚田有那さんです。
「アート&サイエンス」をテーマに世界中をリサーチしている塚田さん。
アートの世界からブロックチェーンやデジタル通貨はどう見えているんでしょうか?
ブロックチェーンがアートマーケットに与えたインパクトは?
デジタル通貨の実装はどんなふうにデザインされるべき?
クリエイティブの最前線を知る塚田さんと一緒に、新しいお金のミライを考えてきましょう!
サイエンスは縁遠い?テクノロジーをもっと身近にしたい
ハナエ:まずは、塚田さんの活動について教えてください。
塚田有那(以下、塚田):「アート&サイエンス」をテーマに編集・キュレーションをしています。アートとサイエンスにまたがる活動を始めたきっかけは、サイエンスコミュニケーションの活動に参加したことでした。サイエンスを広く伝えるという活動において、特に専門領域として閉じてしまいがちなサイエンスを、一種の“カルチャー”として開いていくことはできないかという課題意識を持って進めてきました。
ハナエ:塚田さんは、もともとアートやデザインの分野で活動されていたんですよね?サイエンスやテクノロジーは縁遠いような気がします。
塚田:そうですね。アートやデザインの領域にいた私にとってサイエンスは未知の領域でした。しかし、よくよく考えてみれば、科学者とアーティストは似たような側面を持っているなと、サイエンスコミュニケーション活動に携わるなかで気がついたんです。例えば、自分がアーティストにインタビューするとき「どんな世界観をもってその作品をつくったのか」と尋ねることがあります。であれば、同じように科学者に対して「どんな世界観をもってその研究に取り組んでいるのか」と尋ねることもまた可能なはずです。
好奇心や探究心、センス・オブ・ワンダーという点において両者に大差はないわけです。それに気づいたとき、日本の教育の棲み分けにしたがって「文系/理系」を区別して、勝手に「科学は縁遠いもの」と思っていることがすごく勿体ないことだと思ったんです。そんな考えから、アートとサイエンスの担い手たちを結び付ける活動を始めました。
時田一広(以下、時田):塚田さんの活動は非常に重要ですよね。テクノロジーの領域にも広義のデザイン思考は求められます。特に新しいアイデアが生み出されるプロセスにおいては、アート的な思考や感覚が物をいいます。専門領域の越境が価値を生むとされる現代では、文理の区別ももはや意味をなさない感もあります。
塚田:常に変化していく時勢や価値観に対応していくためには、異なる専門性との交流によって学び続け、自分たちをアップデートしていくことが不可欠ですからね。
デジタルアートのこれまでとこれから
ハナエ:近年話題のデジタルアートは、これまでどんな変遷をしてきたのですか?
塚田:デジタルアートの変遷を語ろうとすると話題が非常に多岐にわたるので、一概にお話するのが難しいですね。例えばテクノロジーとアートを結び付けようという動き自体は、日本でいうと1960年代からありました。例えば、霧の彫刻家として有名なアーティスト・中谷芙二子さんは、その先駆けの一人です。
彼女は60年代にニューヨークで生まれた「Experiments in Art and Technology(E.A.T.)」に参加し、ロバート・ラウシェンバーグ(アーティスト)やビリー・クルーヴァー(エンジニア)など、アートとエンジニアリングを掛け合わせて実験的な表現を志向するコミュニティと交流を持ちました。彼女が手がけた1970年大阪万博ペプシ館のアートワークは、そうした関係から生まれたものです。
塚田:ただ、最近でもテクノロジーを用いてアートワークを手掛けることは、難しい専門技能や知識が必要なものとして敬遠される傾向があります。しかし、絵を描くにせよ、音楽をつくるにせよ、デジタルテクノロジーを利用することはもはや当たり前ですし、その鑑賞においてもテクノロジーを経由することは珍しくありません。
時田:90年代にはコンピュータ・グラフィックス(CG)を作るために高価な機材が必要でしたし、ピクサー映画の「トイ・ストーリー」がはじめ、驚きを持って迎えられた一方で、CGは一般から縁遠い特殊技術でした。それが今では、比較的安価な機材とアプリケーションによって誰でも可能なものになりましたよね。
塚田:そうした状況における課題の一つは「テクノロジーを駆使した表現は往々にして均質化してしまう」ということです。使われる技術のレベルが同じになれば、いきおいアウトプットも似たり寄ったりになってくる。それはアートに限った話ではなく、ビジネスにおけるサービスについても同じことが言えます。
ここで問われるのは、知識でも技術でもなく、独自のアイデアです。今、テクノロジーを使うアーティストたちは「その技術の本質とは何か」や「このテクノロジーを通して自分は社会に何を訴えかけるべきか」と自問し、制作を続けています。表現やサービスの差別化を担保していたテクノロジーが、翻ってコモディティ化につながる現在に求められるのは、そういう一歩踏み込んだ思考だと思いますね。
ブロックチェーンが変えるアートワールドの常識
時田:ブロックチェーンがイノベーションだと言われる理由は「インターネット上に初めて価値を存在させたこと」だと思います。NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)や暗号資産などがそうです。技術的な革新性はもちろんあるのですが、それ以上に思想的・制度的に大きなインパクトを持つのがブロックチェーンの特徴です。
時田:これまでのインターネットは、メールは送れるけどお金は送れないとか、ギフトカードの譲渡はできるが番号をコピーして送らなければいけないとか、どこかスマートさに欠ける点がありました。その点、ブロックチェーンは「価値」を人に送ることができ、尚且つそこにデータを紐付けてトランザクションすることができます。これはアートワールドにも少なからず影響を与えると思うのですが、塚田さんはブロックチェーンの登場以後、どのような変化を感じられますか?
塚田:デジタルアートはさまざまな点で価値付けが難しいとされています。その理由の一つが複製の容易さです。複製可能な他のメディウム――例えば、写真や版画はエディションを管理することで作品の価値を担保してきました。誰がそれを管理してきたかと言えば、アーティストとギャラリスト/版元です。つまり、複製可能な芸術作品の価値は、アートワールドに参加する複数のステークホルダーによって決定・担保されてきたわけです。
しかし、ブロックチェーンはこの仕組みとは全く違う方法で作品の価値を担保します。アーティスト個人が証明を発行して、それによって作品の価値が担保されるわけです。作品の価格決定においてアーティスト個人の意思が尊重され、尚且つ作品の直接売買の可能性が広がったことはブロックチェーンが注目された大きな理由だと思います。
他にも、オークションで作品が高値で取引されても、アーティストには1円も還元されないということは枚挙に暇がないほどありました。しかし、その不透明な流通経路も、ブロックチェーンのトレーサビリティによって透明化される可能性は十分あると思います。もっと言えば、セカンダリーマーケットにおけるアーティストへの利益還元の仕組みがつくられるかもしれないことが期待されています。
塚田:NFTアートへの熱狂的な投資が落ち着いた昨今では、ブロックチェーンとアートの関係にまた違った局面が生まれています。一部のアーティストたちはブロックチェーンの仕組み「それ自体」を作品化して、ブロックチェーンに対する社会の認識をアップデートさせるような試みを始めています。こうしたムーブメントがさらに大きくなっていくと、アートシーンにより大きなインパクトをもたらすのではないかなと期待しています。
ハナエ:ブロックチェーンは、アートの世界にもインパクトを与えているんですね!ブロックチェーンと社会の関係をアップデートしようとするアーティストの取り組みも刺激的です。
次回は、社会に新しいテクノロジーを実装する時に必要な発想や思考法について、塚田さんにお話を伺います。アートやデザインの観点からどんなアイデアが飛び出すのか、楽しみです!