言葉よりカタチで伝わる体験価値。デザイン、クリエイティブとWeb3社会の関係とは?
こんにちは。「デジタル決済の未来をツクル」ディーカレットDCPのハナエです。
さまざまな分野で活躍されるスペシャリストの方々をお招きし、当社のプロダクト開発責任者・時田一広とともにデジタル通貨やWeb3の未来を探る本シリーズ。今回のお相手は、緒方壽人さんです。
緒方さんは東京大学工学部を卒業後、国際情報科学芸術アカデミーなどを経てデザインイノベーションファームTakramに参画。デザインエンジニア兼ディレクターとして、パーソナルモビリティ「poimo」や、リアルとバーチャルをつなぐメタバースショッピングモール「Metapa」の開発など、数々のプロジェクトを手がけてきました。2015年からはグッドデザイン賞の審査員も務められています。
そんな緒方さんのデザインエンジニアリングとはどういったものなのか。デジタル通貨やWeb3とはどんな接点が考えられるのか。じっくりお話を伺います。
文房具から宇宙開発、老舗企業のブランディングまで。デザインエンジニアの仕事
時田一広(以下、時田):本日はよろしくお願いします。まずはTakramでのお仕事、緒方さんがこれまで手がけてきたプロジェクトについてお聞かせください。
緒方壽人(以下、緒方):僕らはもしかしたらデザインと名の付くジャンルのことはほぼほぼやっているんじゃないかと思うくらい、いろいろな業種のクライアントがいて、いろいろなプロダクトがあるのでひと言でまとめるのは難しいのですが、大きく分けると、クライアントと一緒にこれまでなかったものを生み出すプロダクトデザイン、イノベーション的な仕事と、ブランディング的な仕事の2つになるかなと。
プロダクトデザインとしては、タムロンのミラーレスカメラ用交換レンズや、コクヨのフラッグシップモデルのハサミ「HASA」、プリファードロボティクスの家庭用ロボットのUI/UXデザイン。それからデジタル領域のデータの可視化、アプリ、ウェブサービスなどもやっています。
また、最近ではJAXA(宇宙航空研究開発機構)のH3ロケットの打ち上げを可視化するシステムを開発しました。ロケットが発射され、中継カメラがそれを追えなくなった後も、ロケットがどこを飛んでいるのか、これからどんなイベントが起きるのか見える化するシステムです。実際に中継にも使われました。
時田:それは面白いですね。
緒方:一方のブランディングは、いわゆるリブランディング的なものが多いと思います。クライアントには、メルカリやfreee、ラクスルといった次のステップに踏み出そうとしているスタートアップもあれば、清水エスパルスのようなスポーツチーム、日経新聞社のような老舗企業もいらっしゃいます。
リブランディングの場合はこれまでの伝統や大事にしてきた世界感を引き継ぎつつ、いまの時代にいかにフィットさせるかという視点でのブランディングですね。
言葉よりまずはカタチにしてみる。プロトタイピングの重要性
時田:当社は2020年からデジタル通貨DCJPYの開発をスタートし、今年8月にローンチしました。そのデジタル通貨を含め、Web3のサービスは新しい体験、新しい経済を生み出すもの。これまでのサービスやプロダクトとはモデルも考え方もまったく異なるものなのですが、いまのところ、その点がまだまだ伝わりにくいと感じています。
たとえば、「銀行での支払いにデジタル通貨を用いるとどうなるか」という話をすると、多くの人はそれを日ごろの業務に置き換えて理解しようとします。「デジタル化すれば、これまでやってきた仕事のこの部分が自動化されるから便利になる」と。
前例のないものを、既存の何かと置き換えるという習慣から抜け出すのは、なかなか難しいんですね。
そういった意味で、これまでとは異なる新しい価値をいかに伝え、いかに体験してもらうかがこれからのこの業界の課題かなと。そこでインターフェースやデザインの力が重要になってくると思いますが、緒方さんはどのように考えていらっしゃいますか?
緒方:例えばデジタル領域では、メタバースも似たような状況にあると思います。メタバースはいろいろな可能性を指摘されたり、メディアで語られたりしているものの、いまのところそれほど大きな成功事例は出てきていないですよね。
そうしたなか、TakramではTOPPANさんと一緒にメタバースショッピングモールのプロジェクトを進めています。いまの時田さんの話を伺うと、そのプロジェクトの進め方が1つのヒントのようなものになるかもしれません。
サービス名は「Metapa(メタパ)」というのですが、このプロジェクトが始まった当時、メタバースという言葉は今ほど一般的ではなく、かつ世の中はコロナ禍の真っ只中でした。
そこで、リアルのお店での買い物も、移動も難しい状況をメタバースで何とか課題解決できないかなと。とはいえ、単にモノを買うだけならAmazonで十分なので、店舗のショッピング体験とECのそれは何が違うのかというところから考え始めました。
その違いの1つが、例えば友だちと一緒に買い物に行けること。Amazonで友だちと一緒にショッピングするというのはあまり想像できませんよね。一緒に買うということそのものが楽しい体験で、そこに発見があったり、お店の人とのコミュニケーションが生まれたりする。そんな体験価値があるのではないかと思いました。
デジタルだけに閉じることなく、リアルとバーチャルをつなぐような位置にあり、かつ、そこにみんなで行くことができるメタバース。そんな構想でプロジェクトを始めたのですが、ただ、それを言葉で説明しても、なかなかその先には進まないんです。
だからまず、プロトタイプをつくりました。実際にあるお店をメタバース上に再現して、リモートで友人知人と一緒に買い物に行けるアプリを制作し、それを実際に体験してもらうところからスタートしました。
そうするとさらなる発見もありますし、プロジェクトも進展します。実際に触れることができるもの、体験できるものを先行してカタチにすることの意義は、結構大きいのではないかなと思っています。
人がいるからこそデザインがある。デジタル社会におけるクリエイティブの役割
時田:これまでのインターネットはそのなかに価値を存在させ、移転させることができませんでした。それがブロックチェーンができたことにより、いろいろなところで発生する価値を直接手に入れられるようになりましたし、対価を直接支払えるようになりました。メタバースは、そんなブロックチェーンと非常に親和性が高いと思います。
それがいまひとつ普及していないのは、Web2の時代につくられたサービスやプラットフォームがそれなりによくできているから。いまのところそうした既存のサービスやプロダクトの進化だけでこと足りてしまう部分があるからだと思いますが、個人的にはやはり、もう一段世界観が大きく変わるタイミングがくるのではないかと感じています。
既存のものを置き換えるのではなく、まったく新しいモデルが生まれ、多くの人がそれを利用する時、やはりUI、UXがとても重要になるのではないでしょうか?
緒方:そうですね。いま、デザインの領域はどんどん広がっています。プロダクトやアプリのデザインはまだわかりやすいのですが、その他、企業の取り組みやサービスもグッドデザイン賞の対象になりました。審査員をしている僕も「デザインとは何だろう?」と思い悩むことがあります(笑)。
そうしたなかで個人的にはやはり、人を見る、人の振る舞いに作用するというところがデザインの大切な役割かなと。
ブロックチェーンでも、メタバースでも、AIでも、仕組みやテクノロジーの部分はそれはそれで存在していて、もちろん重要な部分なのですが、そこにデザインが絡むと何がどう変わるのか。そこにどのように人がいて、その人がどう感じ、どう振る舞うかに着目するのが、デザインにおける一番大事なポイントかなと。
先ほどお話したメタバースのプロジェクトでも、仕組みを構想したり、それをシステムとしてつくっていったりすることとあわせて、どうやってユーザーを集め、そのユーザーが何を体験し、どう振る舞うのか考えなくてはなりません。それはなかなかロジックだけでは整理できないんですよね。
時田:そうですね。
緒方:これはブランディングにつながるところでもありますが、「カッコいい」、「居心地がいい」といった情緒的、感性的な価値はメタバースでもあると思います。そういうことも一緒に考えていかないと、うまくいくものもうまくいかないですし、思わぬところで新しい価値が生まれていても、それを見つけられないということが起こる気がします。
だから、僕らは最先端のテクノロジーと向き合う機会も多いのですが、ただ単にテクノロジーでどうするかという視点だけにとらわれないようにしています。
ー次回はプロトタイピングの重要性や、デザインとデジタル通貨の関係性についてさらに掘り下げていきます。お楽しみに。